未だ鮮明に覚えております。合掌
当時は今と違う場所で勤務しておりました。デスクワークでしたが、遊園地にある遊具の「コーヒーカップ」を高速で回転させているような間隔でした。室内のテレビではその瞬間はお昼のワイドショーを放映していましたがその後から各局報道番組に切り替わり、約1時間後には「津波の映像」が。未曾有の大災害で報道の現場もかなり混乱している光景が見て取れました。一方で外回りの同僚営業職の安否の確認を上席に報告して取り敢えず定時まで待機。この日はたまたま自家用車出勤していたのでスンナリ帰宅が出来ました(当時全ての公共交通機関が運行停止決定)がそれから後も大変だった記憶が。先ず東日本の大半に燃料(ガソリンや灯油)を供給する石油精油施設が機能せず各所で品薄、販売規制。輸送機能も麻痺状態でコンビニの棚も空に。生鮮食料品の流通は1、2週間滞る事に。全ての原発が稼働を停止したので電力供給もままならず計画停電を秋口まで行う事に。『生活家電』と言う言葉通り「電気無ければただの箱」を痛感する年でもありました。
もう···なのか、まだ···なのか。もしかしたら「間もなく」なのか?何れにせよ防災の『心掛け』だけは忘れずにいたいものです。