うちには、天使がいます。

うちには、天使がいます。

ピアノ弾き語り落ちこぼれシンガー・うたうやまねこと、そのパートナーゆかさん、そして寄り目のみけねこメイさんの、命の記録です。

 


・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年7月も下旬に入り、すっかり夏の陽気になりました。
ゆかさんの体調はあいかわらず少し良くなったり、悪くなったりを繰り返していましたが、
だんだん「おなかが痛い」と言う日が増えていきました。
右下のほうの腸に結節のようなものがあり、
それはがんとは関係なく「便秘から来るものでしょう」と言われていたのですが、
食べる量が少ないこともあってか、お通じのない日も増えたようで、
たまに便秘薬を飲んでいました。

23日、ゆかさんは「あしたから少し実家に帰ってくるよ」と言いました。
「あさって花火だから、早めに。
おかあさんの様子も見なきゃだし、荷物の整理もしたいから」
それだけなのでしょうか?
ゆかさんとしては、やまねことの生活にある種の息苦しさを感じていたのかもしれません。
それはやまねこも同様でした。常にプレッシャーをかけられているような空気は、
たしかにあったのです。
気分転換になるなら、それもいいのではないかと思いました。

翌24日、小雨が降っていましたが、
ゆかさんは荷物をまとめ、やまねこが傘をさして車に乗り込み、
実家に向かいました。

実家のマンションの入り口までも、やまねこが傘を差します。
ゆかさんは「あした花火見にくるでしょ?」と訊きます。
ゆかさんのおかあさんの家は9階にあり、河からあがる花火がよく見えるのでした。
「うん。なにか買物あったらしてくるから、リスト送って」

その夜、翌朝とゆかさんにメールしましたが、返事はなかなか来ず、
来たのは昼過ぎになってからでした。
買物を済ませて、「19時過ぎに行くよ」と連絡すると、
「熱が38℃まで上がっちゃいました」と返事が来ました。
「まじでコロナかもです。あした訪問看護師さんだけどキャンセルしたほうがいいよね?
おかあさんもねこさんも、危険だから私に近づかないほうがいいです。
一度熱下がってからまた上がるのが定番みたいなので、今週の訪問は全部キャンセルしなくちゃ。
病院いって抗原検査してもらったほうがいいかな」

また「コロナかもしれない」が始まってしまいました。
やまねこにはどうしても、外出といえばたまに病院へ行くだけのゆかさんが、
コロナに感染するとは思えません。
「コロナ以外のなにかだとは思うけど、これからそちら行くので、
少し相談しましょう」とメールを打って、実家に向かいました。

やまねこが着くと、ゆかさんはいちおう部屋から出てきましたが、
ひと目でものすごく機嫌が悪いのがわかりました。
「杖持ってきてくれた?」
「あ、ごめん忘れちゃった」
「持ってきてって言ったでしょう!!!!」
もとはと言えばじぶんが忘れてきたんじゃないか、とは思いましたが飲み込みます。
ゆかさんは続けます。
「手、洗った?」
「いや、まだ…」
「洗って!」
まだ着いたばっかりだよ。
ゆかさんは洗面所のほうへ向かって「しっしっ」というように手を振りました。
ものすごく暗い気持ちになりながら手を洗い、
「こんどの通院のときコロナの検査してもらう?」と、少し会話できました。

リビングに入って母にあいさつすると、お茶とお菓子を出してくれて、
少しお話しているうちに花火が始まりました。
バルコニーに出て見ていると、母もそばに出てきましたが、
ゆかさんは部屋にこもったままです。
休憩の時間に呼びに行ってみましたが、
「いいよ、私耳おかしいから」と取りつく島もありません。

花火が終わり、また母と少し話をして、
最後にゆかさんの部屋へゆき、さっきの話の続きをしましたが、
やまねこがコロナの検査についてあまり知らないことをゆかさんは、
「少しは調べてよ!」と激しくなじりました。
「わかった、調べるよ。榊さん(訪問看護師さん)にもいろいろお話聞いて」と言うと、
「榊さん知らないよ!隣の市から来てるんだから!」
そのこと自体やまねこは知らないのですが、それも気に食わないようなのです。

せっかくいっしょに花火を見て楽しく、と思って行ったのに、
暗い暗い気分の帰り道になってしまいました。





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のどの調子も少しずつ元に戻って、
7/9のLIVEも無事終わりました。
聴いてくださったみなさん、配信を見てくださったみなさん、ありがとうございます。

次回のLIVEは来週末、久しぶりの銀座です。

2024.7.21(Sun.)at銀座月夜の仔猫
OPEN14:00/START14:20/CHARGE:\3,000+1D
☆やまねこの出演は5組中3組め、15:35からです。

配信はありません。すみませんm(__)m
交通の便はよろしいので、ぜひ足を運んでいただけるとうれしいです。
 

 


・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年7月8日、主治医の葛西先生との話し合いで、
ゆかさんは抗がん剤治療をいったん中止し、経過を観察することになりました。
もっとも、プラチナ製剤が使えなくなった今となっては、
選択肢は限られたものであったのかもしれません。

ゆかさんは不服もありそうながらそれを受け入れ、
「まぁ、抗がん剤休みたいって気持ちもあったし」と割り切ったように見えました。

そして日常に戻りました。
やまねこはテレワークで働き、合間に家事をして、
ゆかさんは食欲のある日もあり、ない日もあり、
食欲のある日はやまねこの作ったうどんなどを食べ、
食欲のない日は豆乳やゼリー、メイバランス、きなこ入りのココアなどで、
摂れるかぎり栄養を摂りました。

気にかかるのは、夜中に突然「痛い!」あるいは「気持ち悪い!」と叫ぶことがあることで、
やまねこもそのたびに飛び起きてしまうのですが、
「どこが痛いの?」と訊いても、「おなかが…」と答えることもあれば、
「よくわからない」と要領を得ないこともありました。

そして、ゆかさんは、
「全然良くなってる気がしない。どんどん悪くなってる気がする」と言い、
以前にも増してやまねこにきつく当たることが増えていきました。
ちょっとしたことでやまねこをにらみつけ、責めたてるのです。

例えば、ゆかさんが「今日私が洗濯するよ」と言ったのに、なかなか取り掛からないので、
「お洗濯しないの?」と訊くと、
「いつ始めようと私の勝手でしょう!」とキれてしまうので、
「いや、しんどいようだったらやまねこがしてもいいよ、と思って」と言うと、
いかにもいやいや立ち上がり、無言で洗面所へ行って洗濯を始める、
といったかんじだったのです。

やまねこは眠れなくても、つらく当たられても、
「やまねこよりゆかさんのほうがずっとつらいのだから」と自分に言い聞かせて、
ぐっとこらえる毎日なのでした。
「ゆかさんのほうがつらい」とはいえ、
「どこかで息を抜かないと、じぶんが壊れてしまう」という危機感が、
少しずつ大きくなっていきました。

7月19日、少しホームセンターで買物があったので、
仕事がおわったあと、買物ついでに河原の猫を見にいってみることにしました。
前回見にいったとき、いつも迎えてくれる2匹の猫の片方、

人懐こいほうの子の背中が皮膚病になっていたので、少し気になっていたのです。
「ちょっと出かけてくるね。ねこたちの様子も見てくる」
ゆかさんは、自分も行きたいとは言いませんでした。

買物を終えて河原に着くと、
いつも迎えてくれる人懐こい子は、見当たりませんでした。
「皮膚病治ったのかな」気になりましたが、
もう一匹、きょうだいのツンデレの子のほうはいるのに気がつきました。
ひざに乗ったりはしませんが、少しだけなでさせてくれる子です。

近づいてみると、両耳のうしろにべっとりと血がついているのがわかりました。
「どうしたの!?」
手を触れるのもはばかられたので、かがんで声をかけました。
「けんかしたの?だれかにやられたの?」
とても痛々しくて、見ていられませんでした。
でもじぶんに何かができるわけではありません。
あまり時間もないので、
「おだいじにね、早く治りなりますように」と言いおいて、
少しだけ頭をなで、河原をあとにしました。

人懐こい子のほうは、どうしてしまったのだろう?たまたまどこかに出かけていただけなのかな。
そしてツンデレの子のけがは、治るのだろうか。
野良猫も、たいへんな生を生きているのだ。
また少し暗い気持ちで、帰り道の車を走らせました。





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次回のLIVEは次の火曜日、祖師ヶ谷大蔵です。

2024.7.09(Tue.)at 祖師ヶ谷大蔵エクレルシ
「夏風のハーモニー」
OPEN18:30/START19:00/CHARGE\2,200+1D
☆やまねこの出演は5組中1組め、19:00からです。
 配信視聴はこちらから(\2,000)→
 https://www.ecllive.com/live-schedule

前回のLIVEでがらがらになってしまっていた喉の調子も、
毎日少しずつもとに戻っています。
当日までにベストに戻せるようにがんばりますので、
お時間ありましたら聴きにきてくださいね。


 

 


・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年7月。八神さんの逝去はゆかさんの日常にさらに影を落としましたが、
8日水曜日には、ゆかさん自身の病院でのカンファレンスが待っていました。
先週3日に撮ったCTの結果と、前回中止になってしまった抗がん剤治療の、
今後についての話です。

予約は、午後になっていました。
「葛西先生が午後に予約のときは、長くて大切な話になる」―
「できればだんな様も一緒に」
大切な大切な話になるのはわかっていました。
やまねこは午後に休みをもらい、ゆかさんを車に乗せて家を出ました。

やや風の強い日でしたが、病院の正面玄関前で、ゆかさんは、
「大丈夫歩けそう」と言ったので、降りてもらって駐車場に車を置きに行ったのですが、
あとで「けっきょく風にあおられて転びそうになっちゃって、警備員さんに支えてもらったよ」
と聞きました。
危ないところだったようですが、とりあえず無事に待合室に入りました。

待合室で、入院中にできた友だち、槙野さんが待っていてくれました。
ちょうど退院する日にあたっていたとのことでした。
ふたりで、尽きぬ話があるようでした。
やまねこは少し離れたところで見ていてよく聞こえませんでしたが、
もちろん共通の友だちだった八神さんのことなども話していたのでしょう。
時折名前が聞こえてきました。

やがてゆかさんは診察室に呼ばれ、槙野さんとお別れをかわしました。

診察室に入ると、葛西先生からまずCTの結果について説明がありました。
「腹水は若干増えていますが、腹膜播種、足の血栓、肺塞栓ともに縮小傾向です。
いい傾向だと思います」
引っかかる部分はありますが、少しほっとします。

続いて今後の選択肢についてお話がありました。
「抗がん剤は効果があった、と認められます。
その場合、効果がなくなるまで続けるというのが通常の選択肢ですが、
副作用がひどく、さらにプラチナアレルギーも出てしまったので、
カルボプラチンはもう続けられません」
「量を減らして続けたりも無理ですか?
それともほかの薬、たとえばシスプラチンとか使うとか(適当に知っている名前を出しました)」
「もうプラチナ系の薬を使うことはできないんです。
別系統の薬もなくはありませんが、今使ってしまうと、
逆にまたがんが再発したときに選択肢をせばめることになります」

そういうことなのだろうか。葛西先生は続けました。
「どうでしょう、今は病状も落ち着いているので、ここでいったん抗がん剤を中止して、
経過観察してみるのもひとつの手段だと思いますが」

ゆかさんは納得がいかないようでした。
とくに腹水が増えている、ということが気がかりなようでしたが、
もともとあと3回くらいで抗がん剤を休みたい、と言っていたこともあり、
けっきょく承諾しました。

「検査の通院は、月1回では多いです。だいたい2,3か月に1回くらいでいいと思いますが」
と葛西先生は言いましたが、最初はとりあえず約ひと月後、8月12日にしてもらいました。

「中止か…」
「うん、だけど抗がん剤なしでも落ち着いてるって考えようよ」
突きつけられたのは、もうプラチナ系の抗がん剤は使えない、という現実でした。

帰り道、ゆかさんは「2か月も検査あけたら、その間にぜったい悪化するよ」と、
ネガティブなことを言いました。
やまねこも答えあぐねてしまいましたが、やがてゆかさんは打ち消すように、
「いや、ぜったい悪くならない!」と言いました。
「そうだね。きっと悪くならない」根拠はありませんが、やまねこも繰り返しました。
そう信じることがすべてでした。





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昨日の昭和歌謡LIVE、喉ががらがらになってしまってたいへんだったんですが、
なんとかぎりぎり歌いきることができました。
体調管理、反省です。
次回のLIVEは7月9日、それまでには絶対に直しますね。

2024.7.09(Tue.)at 祖師ヶ谷大蔵エクレルシ
「夏風のハーモニー」
OPEN18:30/START19:00/CHARGE\2,200+1D
☆やまねこの出演は5組中の最初で、19:00からの予定です。
 配信視聴はこちらから(\2,000)→
 https://www.ecllive.com/live-schedule

もう7月です。日増しに夏っぽくなっていくころでしょうか。
そんな歌を集めてお届けしますね。
 




・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年7月6日、
八神さんが亡くなった翌日、
ゆかさんは8時前に目を覚ましました。
「もう少し休む?」と訊くと「起きる」と言い、
「朝ごはんも食べるよ」と言うので、パンとヨーグルトを準備すると、
しっかり食べてくれました。
あとで「がんばって食べた」と言っていましたが、
そのときは、少し落ち着いてくれたかな、とほっとしたものです。
ただ、きのうと同様余計なことを言ってゆかさんを苛立たせないように、
やまねこのほうからはあまりしゃべらないようにしていました。

この日は、午後に訪問看護師の榊さんが来る日にあたっていました。
榊さんはゆかさんの体の様子を見たあと、やまねこの部屋をノックしました。
「はい」
「ゆかさんからお友だちが亡くなったお話聞きました。
弟さんの連絡先を知っているというので、代わりに電話してみたんです。
弟さんは『明日の13時に荼毘に付します。お別れの会はあらためて行いますが、
それまで部屋は誰でも入れるようにしておきますので、
ぜひ最後のあいさつに来てください』とのことでした。
なので今日の夜でも明日の午前中でも、連れていってあげてください」

そうか。
本来じぶんがしなければいけなかったことを榊さんがしてくれたのだ。
いつもながら気の回らない自分がいやになりました。
いつだって遠慮しているだけで、なんの役にも立っていない。

「ありがとうございました」
とりあえず自分にできることは、運転することだ。
ゆかさんを連れて行って、最後の挨拶をしてもらうことだ。

榊さんが帰ったあと、ゆかさんのところへ行き、
「今日、仕事が終わったら八神さんのところへ行きましょう。
17:30までに準備しておいてもらっていい?」と言いました。
「ごめんね。本当ならやまねこが連絡するべきだったのだろうけど、
どうしても遠慮が先に立ってしまって」

仕事が終わり、車を回してくると、この日も雨が降りだしましたが、
八神さんのアパートに着くころには止んでいました。
階段を上り、いちおうインタホンを押してみましたが、返事はありませんでした。
「誰も来ていないのかな」
ナンバーロックを開けて中に入ると、電気も消えていました。
明かりをつけて部屋に入ると、
八神さんは顔に布をかけられて、介護用ベッドの上に安置されていました。
体に上には、いくつかドライアイスが載せてありました。

ふたりで手を合わせ、ゆかさんは置いてあったノートを読み、
置いてあったお線香に火をつけて供え、鐘を鳴らしました。

ゆかさんは、
「八神さん、もう痛くないね、歩けるね。
わたしたぶんほかの人たちより早くそばに行くから、
そしたらたくさんいっしょに歩こうね」と話しかけました。
少し布をめくると、八神さんは先週と変わらぬ顔で、
少し口をあけて、目を閉じて寝ていました。

やまねこもノートに目を落としました。
先週までさかのぼると、水曜日には八神さんが(内容はわからないけれど)たくさんしゃべり、
かすかに梶谷さんを呼んだのが聞き取れた、と書いてありました。
動けなくても、最後まで聞こえてはいたのかもしれない。

ゆかさんはとつぜんやまねこに「八神さんポール・マッカートニーも好きだったの。
ねこさんなにか歌って」と無茶ぶりしました。
「え?あんまり歌えるのないよ(「死ぬのは奴らだ」なら歌えるけど今歌うわけにいかないし)
歌詞さえあれば…『My Love』とか見つかるかな」と携帯で検索しているうち、
インタホンがなり、女性がふたり入ってきました。
軽く挨拶し、やまねこは歌わずに済んで少しほっとしました。
ふたりは高校の同級生だと言い、ゆかさんは「病院でいっしょでした」と自己紹介しました。
「リハビリでいっしょだった人ですか?」と訊かれましたが、
がんでいっしょだったとは言いたくないようで、
「わたし脳やられたのに、こんなわたしにすごくやさしくしてくれたです」と言いました。
ベッドの脇をふたりに譲り、廊下に出て、
ふたりは八神さんの遺体に話しかけたり、涙したり、
取り込んだかんじになったので、しばらくしてゆかさんもふんぎりがついたらしく、
「帰ろうか」と言いました。
あとに残るふたりにおいとまを言い、鍵のことなど伝えて外に出ました。

また雨が降りだしていました。
まっすぐうちに帰る道々、
「晩ごはんは食べられそう?」と訊くと、
「食べないと。八神さんもたぶんそう望んでるから」
ゆかさんはそう言ってくれました。





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昨日6.22白楽NapでのLIVEも無事終わり、
来週は次のLIVE。今度は企画ものです。

024.6.29(Sat.)at 祖師ヶ谷大蔵IKEDA
「昭和歌謡ライブ」
OPEN14:30/START15:00/CHARGE\2,500+1D
☆一緒に歌っていただける昭和歌謡限定LIVE。
 配信視聴はこちらから→
 https://www.facebook.com/bar.ikeda/?locale=ja_JP

よかったら、いっしょに歌いに来てくださいね。
 




・登場人物
<ゆかさん>
やまねこの奥さん。2020年9月、卵巣がんにより永眠。
2018年4月初めに腫瘍が見つかり、月末にはトルソー症候群による脳梗塞を発症。
手足や会話に障害が出ながら、摘出手術を経て、
2018年9月には全6回の抗がん剤治療も完遂。
諸事情により、ふだんは実家で母と暮らしながら、歩行のリハビリを中心に、
手足のしびれや難聴、高次脳機能障害など、脳梗塞の後遺症や抗がん剤の副作用と闘いつつ、
週末はやまねことうちで過ごす、という生活をしていましたが、
2019年11月12日、ついに新居でやまねことの生活がスタートしたのもつかの間、
12月11日にはがんの再発を宣告されてしまいます。
<やまねこ>
ゆかさんの夫。
落ち着きがなく要領が悪く、おまけにコミュ障。
いまいち頼りないだんなさまですが、
たまにライブハウスでピアノを弾いて歌をうたっていたりします。
<メイさん>
17年前にへその緒つきで捨てられていたところをやまねこと出会い、
それからずっといっしょに暮していた、寄り目のみけねこ。
2018年12月29日、突然猫てんかんの発作を起こし
翌2019年1月9日早朝、病との闘いの末、永眠。


(なお、病院関係者のかたがたほかの名前は、すべて仮名です)


2020年6月27日、病院での友人、八神さんの危篤を知らされ、
翌28日の日曜日に会いに行くことができたゆかさんでしたが、
その後一週間、自身の通院ややまねこの出社等もあってお見舞いに行けず、
7月5日、また日曜日に行こう、と話がまとまっていました。

当日朝早くのことでした。
やまねこはなにか物音で目が覚めて、
ゆかさんが泣き声を立てているのがわかりました。
その瞬間、何が起こったのか察知しましたが、
声をかけたものかどうか迷いました。
かけるとして、どんなことをどんなふうに?
こういうとき、やまねこはぱっと適切なことがなかなか思い浮かびません。
とにかく、来る時が来てしまったのです。
目が覚めなかったふりでやりすごすことも考えましたが、少し考えてから起きだしました。

ゆかさんはベッドに腰かけていたので、隣に座り、
「どうしたの?」と訊くと、ゆかさんは何も言わずに携帯の画面を見せてきました。
八神さんの友人の梶谷さんからで、

「八神さん、今息引き取りました。
頑張りました、
ありがとうございました。」

シンプルにそう書いてありました。

やはり。

少し無理してでも、きのう行くべきだったか、と思いましたが、
口に出すのはやめました。
ゆかさんに余計な後悔をさせてしまうと思ったからです。
それにたとえきのう会えていたとしても、今のつらさは変わるところではなかったでしょう。

やまねこはなにも言わず、ゆかさんもなにも言わず、
30分くらいでしょうか。ベッドに腰かけていました。
ふと思いついて、「洗濯する?」と訊くと、
ゆかさんは「今そんなこと…」とキれそうになりました。
「ごめん。今言うことじゃなかったね」ものすごく気分を害した様子でした。
たぶんやまねこが何を言っても、ゆかさんにとっては気に障ったでしょう。

しばらくして、ゆかさんは手足をばたばたさせながらひっくりかえりました。
やまねこは覆いかぶさるように顔を近づけて「大丈夫?」と訊くと、
初めてゆかさんはやまねこの手に触れました。
またしばらくそのまま、なすがままに任せました。

やがてゆかさんは起き上がりましたが、
断続的に感情の波が来るようで、何度も泣きだしました。
やまねこはもう何も言わず―余計なことは言わないように―隣にいました。

9時近くまでそうしていました。
ゆかさんのほうから「お洗濯してきていいよ」と言ったので、
(洗濯にこだわっていたわけではないのですが)
やまねこは洗濯機を回しに行きました。

戻ってきて、「朝ごはん食べる?」と訊いても「いい」と言います
「それじゃなにか、豆乳だけでも飲んで」と言うと「うん」と言ってくれたので、
冷蔵庫から豆乳を出してベッドまで持っていきました。

ゆかさんは梶谷さんにメールの返信を打っていて、
「八神さんのお部屋行きたいて言ってみる」と言いました。
「うん、でもむこうも忙しいと思うから、すぐには連絡来ないかも―
こんなときに無理しなくていいけど、投票行く?」
気がつくと雨が降りだしていました。
外に干したばかりの洗濯物を取り込んで、
「いずれにしても雨が止んでからかな」と、自分の部屋に戻って洗濯物を部屋干しし、
リビングに戻ると、ゆかさんは、
「やっぱり八神さんのアパートの前まででも行きたい。通るだけでもいい」と言いました。
「もちろんいいよ」と答え、
思い切って「きのう行けばよかったね、ごめんね」と謝りました。
ゆかさんはなにも言いませんでした。

ゆかさんは出かける準備をし、
雨が止むのを待って、14時前に出発しました。
近くの小学校で投票を済ませ、
母を迎えに行き、母の投票所でまた投票を済ませ、
母を家まで送っていって、
八神さんのアパートへ向かいました。

アパートの前に車を停めると、ゆかさんは車に乗ったまま手を合わせようとしましたが、
やまねこから車を降りました。ゆっくりしてくれてかまわない、という意思表示でした。
ゆかさんも車を降り、あらためて手を合わせました。
無言のまま(こういうときに適切なことが言える人間だったら、どんなにいいだろう)。
ゆかさんは去りがたいようで、何度も何度も手を合わせていましたが、
ゆかさんの気が済んで、自ら車に乗るまで、じっと待ちました。


うちに帰ると、ゆっかさんはかなり疲れたようで、すぐにベッドに横になってしまいました。
やまねこは自分の部屋でしばらく雑用していました。
18時くらいにリビングに戻ると、
ゆかさんは「今日は食欲ないから、晩ごはんはいいよ」と言いました。
無理強いはせず、ベッドから手の届くところにゼリーと乳酸菌飲料を置き、
薬のために水も置いて、やまねこはシャワーを浴びにいきました。

そのあいだにゆかさんは眠ってしまったようでした。
やまねこは静かにじぶんの夕食の準備をします。
ゆかさんは目を覚まして「TV見ながら和室で食べて」と言いましたが、
「うるさいと思うから…」と、自分の部屋に持っていって夕食を済ませました。

片付けに戻ると、ゆかさんはベッドに腰かけてゼリーを食べていて、
少しほっとしました。
おやすみのあいさつをして、やまねこも早めにやすむことにしました。
ゆかさんの気持ちは、痛いほどわかるのですが、
じぶんに何ができるのだろう?結局なにもできはしない。
無力感にさいなまれながら、横になりました。





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次回のLIVEは来週末、横浜白楽です。

2024.6.22(Sat.)at白楽Nap
「Umbrella」
OPPEN17:10/START17:130CHARGE:\1.600+1D
☆やまねこの出演は5組中3組め、18:40からです。
 配信視聴はこちらから(無料)→
 https://m.youtube.com/user/nodutatane

今年は梅雨入りが遅れそう、とのことですが、
いい天気になりますように。
お待ちしてますね。