食パン事件
食パン事件
古い作りの平家に住んでいた頃、非常に印象的な出来事がたくさんあった。
鈴虫事件やエンドレス無言電話、庭の自転車盗難事件や砂糖問題、赤外線コタツ事件等。書けるようなものから書けないものまで。全部今となれば、ただの思い出話で、笑えるけとね。
と、書いておいて、物凄くライトな事件、
食パン事件の事を今日は思い出してみます。
我が家の両親は共働きで、僕はいわゆる鍵っ子だった。部活から帰ってきて、という印象があるからおそらく中学一、二年の頃の話。
コンビニなんてものも周りにはあまりなくて、学校から家に帰るまでに何かを買って食べるなんて事はなかったな。
ちなみにいつだったか、ファミリーマートが現れて、しかも、なんと100円で買えるハンバーガー、角バーガーが現れたのだ。この時の衝撃は相当なものだった。
日常生活で使うお金といえば、この角バーガーと、紅茶花伝のミルクティーぐらいではなかったかな。
話を戻して、そんな中学生の頃、部活は陸上部で、ぶっちゃけ、1.2年生の頃は大した練習もしていなかった気がする。もちろんやる気もなかった。けれど、それなりに走って帰るだけでも、相当お腹が空く。
晩ご飯は母親が帰ってくるまで、食べれないので、とにかく我慢。晩ご飯を残すなんて事は我が家ではご法度だったので、何か食べて晩ご飯を食べれないなんて事は有り得なかったし、実際なかったと思う。
しかし、どうしても我慢できないときは、食パンを一枚焼いて食べたりしていた。基本的にバターを塗ってたな。そんな当時のプレミアムは、ピーナツバターだ。お茶漬け一袋を2.3回に分けて使う家だったから、ピーナッツバターを塗るのにも、ドキドキしてた。笑。めちゃくちゃ美味しかったなぁ。
誤解のないようにやけど、僕は我慢しているという感覚より、それが当たり前と思ってたし、それで全然よかった。
ある日、バターを焼いてから塗るのでは無く、バターを塗ってから焼くという、新たな食べ方が現れたのだ。
なんと、トースターを開けるとバターがパンに染み込んでいるのだ!!!なにーっ!!
焼いてないパンは柔らかくてバターを塗りにくかったけど、この染み込んだバターの魅力は相当なもんだった。
美味い。美味すぎるぜ!
バターの染み込み方もムラががあって、少ないと染み込んではいるけど、ジューシーな感じにならない。適度に染み込みながらもジューシーな感じに仕上げたい。卵でいえば半熟みたいなもんだ。毎回、美味い具合にできてるかドキドキしながら、チンッを待ち、トースターを開けてた。
そんな日々の中、事件は起こる。
当時、再放送だったと思うけど、テレビでは
はいからさんが通る
が、やっていた。僕の中ではパタリロとならんで、つけてはいたけど、内容は全く理解できなかったアニメの一つである。
ただ、どちらも、その主題歌は印象的でよく覚えている。
染み込みバターの魅力にひとしきり取り憑かれた僕はさらなる進化を求めた。
塩である。
実際今食べても美味いと思うけど、染み込みバターパンに塩をふるとこれまた美味かった。あ、考えたら、塩バターパンていまでもパン屋にあるよね。
はいからさんがとおるの歌がテレビから聞こえてくる。
♪はい、はい、はーい、はいからさんが、通るー。
僕はその はい、に合わせて、塩を振りかけていた。すると、目が悪いにもかかわらず、裸眼ですごしていた時期というのもあってか、塩がでてこない。正しくはでてないように見えていた。
あれ?塩、詰まってんなー。思って。
はい、はい、はーい
はい、はい、はーい?
はい?はい?!はーいっ!!!
と振りまくったのだ。
はいからさんは、やさしいこころをふりまいたが
僕は塩をふりまいたのだ。
そう、ジューシーなパンの表面におちた塩が油分に紛れてすぐに見えにくくなっていたのと、塩がパンに着地する音も聞こえにくかったのだ。
なんや、塩ないわ。
と諦めて、一口かじりついた、その刹那。
ガリッ。
僕は体験したことのない、塩をかんじた。
流しにいって、3口程頑張ってみたけど、どうしても厳しくて、洗って食べたと思う。笑。
その後の食卓で、笑い話になったはずだが、あまりそこの記憶はないから、親は、どっちかというと塩を無駄遣いした事に難色を示したのかもしれない。笑。
思い出話は、出来るうちに全部しておきたくなって。
読んでくれてありがとう。
高知から帰るバスの中で。
2020/3/8 14時31分
THE NATURALKILLERS/千代谷 正貴
四角ボタン、フライハイ。
四角ボタン、フライハイ。
僕は子供の頃、三度引越しをした。
1回目は幼すぎて記憶がない。
2回目の引越しは、小学生の頃。
文化住宅から、念願の?一軒家だった。と、いっても特になんの頓着もなかったから、それがいいのか悪いのか、うれしかったのかも覚えてない。
そんな一軒家はすごい古い造りで、なんと形容していいのかわからないけど、とにかく無駄に古い、平家だった。
その家に住んでいる期間、5.6年かな。の間にたくさん変な事が起こった。今思うと、風水みたいな事てやっぱりあるのかもしれないな。
そんなある日、クラスメイトのS君と家でファミコンをしていた。よく遊ぶというより、たまーに、遊んでいたS君。この日もちょっと久々だったと思う。
もちろん、遊びと言えばゲーム、ファミコンだ。
縁側というか、廊下というか。部屋の中では無いところにファミコン用のテレビが配置されていた。
脱線するけど、当時テレビゲームをするとテレビが壊れるとか言われてた。ほんまなんかな。そんなわけで、いつ壊れてもいいような古い小さいテレビがゲーム用としてあてがわれていた。
その日は、ファミリーボクシングというゲームに夢中になっていた。S君がもってきてくれたのだ。
ナムコだったかな。ファミリーシリーズにはお世話になりました。
とにかく、AボタンとBボタンをひたすらに連打して戦うのだけれど、さらに連打が必要な場面があって。
ラウンドとラウンドの間のインターバルの時間にボタンをより連打した方が体力が回復するのだ。
連打。
あの頃の小学生なら大概胸を熱くさせたワードではないだろうか。笑。
なんちゃら名人という、連打の名人まで現れて、1秒間に18連打できるとか、痺れ薬を使っているだとか、実しやかに囁かれていた。
昭和感あるよね。好き。
そんな中、流行っていたのが、
一つは定規、或いは下敷きを切り取って、バインバインさせて連打する技。
そしてもう一つが、擦り打ちだ。
ボタンの際を指で左右に擦るのだ。指の第一関節を曲げて、ちょうど爪を立てるような形にして。
ファミコンは発売当時は、ボタンはゴムの四角ボタンだった。しばらくして、丸いプラスチック?のような素材のものに変わっていくのだが、我が家のファミコンはゴムの四角ボタン。普通に押して連打しようにも、なかなか戻りが遅く、はやく連打ができなかった。
これでは、
体力が回復できないのだ。
やりなれたゲームならまだしも、なれないゲームで、ボコボコにやられていた。笑。
なおのこと、インターバルの体力回復が大事だったが、回復もろくに出来なかったので、なかなかに悔しかったよね。
そこで、閃いたよね。
そう、擦り打ちだ。
これしかない!
僕は地面にツーコンを置いて擦った。
ファミコンには1のコントローラーと2のコントローラーがあった。
いわゆる、ワンコン、ツーコンだ。
僕は謎のマイク付きのツーコンを使ってた。
無我夢中で擦った、やいなや。
ボタンは弾けとび、連打はおろか普通に押す事もできなくなってしまった。
あまりにもびっくりして、叫んだとおもう。
悲しいやら、信じられないやらで。
僕は、ボタンがなくなったところをおしてみたり、取れたボタンをのせておしてみたりしても、反応はなかった。うせやーん!
それをみてS君めちゃくちゃ笑ってた。
そうすると僕もなんだか、悲しいよりも、だんだんわらけてきたし、こんなにうけてラッキーやん、ぐらいに思えてしまった。
結局、2人で腹抱えて笑った。
その後、どうやってバイバイしたとか、ゲームをどうしたなんて事は覚えてないけど、なんせ、四角ボタンが取れた。という
ネタ
を僕はよく覚えてる。
長々と書いてしまった。
今日は高知へ。
バスの時間を12時45分だと思い込んでいて。
ほんとは12時14分てことに気がついたのは12時11分。
たまたま近くにはついていたから、かなりの勢いで焦った。おにぎり買う時間ないやん!おもいながら文字通り、バスに飛び乗りました。
これはまたポッドキャストのネタできた。
今日も素敵な日にしようねー!
2020年3月6日
神戸から高知にむかうバスの中にて
THE NATURALKILLERS/千代谷 正貴









