文章の練習

文章の練習

文章構成の練習をします

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一冊の本を読み終えるのに平均して1週間以上かける事が多いが 今回は2日で読み終えた。
小説が面白いか否かという事は読み終えるまでの時間には関与していない。
その小説の世界に観念的あるいは空間的な存在としてどれだけ上手く携わる事が出来るか という事が重要であって基準はそれだけである。

ちなみにこれは最初の一行で決まる。
適当に本を買い漁る時も、一行目で購入を判断している。


おおまかなあらすじを説明すると、

"時刻は真夜中近く。彼女はずいぶん熱心に本を読んでいる。様々な種類の人間が深夜の「デニーズ」で食事をとり、コーヒーを飲んでいるが、女性の一人客は彼女だけだ。

入り口の自動ドアが開き、大きな黒い楽器ケースを肩にかけた若い男が中に入ってくる。「君は浅井エリの妹じゃない?」 彼女は無言だ。男は続ける。「君の名前はたしかユリちゃん」 彼女は簡潔に訂正する。「マリ」

部屋の中は暗い。しかし私たちの目は少しずつ暗さに慣れていく。美しい女がベッドに眠っている。マリの姉のエリだ。部屋のほぼ中央に椅子がひとつだけ置かれている。椅子に腰かけているのはおそらく男だ。

マリに話しかけた男が立ち去ると、金髪の大柄な女が店内に入ってくる。女はマリの向かいのシートに腰を下ろす。「タカハシに聞いたんだけど、あんた中国語がべらべらにしゃべれるんだって?」

女の名はカオルといい、ラブホテル「アルファヴィル」のマネージャーをやっている。カオルはマリに通訳を頼みたいという。「アルファヴィル」の部屋では、客に殴られ身ぐるみはがれた中国人の娼婦が声を出さずに泣いている。娼婦の名は郭冬莉(グオ・ドンリ)。マリと同じ19歳だ。

カオルは従業員のコオロギとコムギとともに防犯カメラのDVDを調べ、殴った男の映像を見つけ出す。

「アルファヴィル」の防犯カメラに映っていた男は、同僚たちがみんな帰ってしまったあとのオフィスでコンピュータの画面に向かって仕事をしている。

午前3時。「すかいらーく」でマリが一人で本を読んでいると、高橋が店に現れる。

エリはまだ眠り続けている。"


というもので、3つのパートが並行して、深夜から朝にかけて、それぞれの時間帯で 話が進んでいく。

3つのパートというのは、マリ視点、白川視点、そして「私たち」という物語の語り手である。作中では「肉体を離れ、実体をあとに残し、質量を持たない観念的な視点」と記されている。どのような壁も抜け、空間を移動し、物語の場面を捉えることが出来るが、介入することは許されない中立的な存在となっている。


私はどんな小説を読む時にも、アフターダークの「私たち」に似た存在を念頭に置いているので、あらかじめ作中に洗練されたプロの書いた文章として具現化されセットされている事に非常に助けられたというか、小説をより読みやすいものにさせた。

元々このそれぞれの視点で並行するという両義的で非現実的な話の組み方が、個人的に好みであるというのもある。


話が逸れたが、アフターダークを全体的に捉えるともちろん良い意味で村上春樹らしい作品だった。

私の期待通り、感じたい物を存分に感じさせてくれた。

全体を通して村上の音楽に対する博識さを感じる事が出来たし(作中に登場するカーティスフラーのファイブスポットアフターダークを実際に聴きながら読み進めたが、都会的な夜を連想させ作品の雰囲気をどこまでもありありと迫らせる一曲だった)、時間や空間の狭間の描写は繊細で儚く美しい。そこに、ある種の質量と圧力を感じさせる荘厳さはしっかりと残している。

登場人物の顔付きは、話を読み進めるにつれて霧を割いていくように鮮明に映し出されていく。

浅すぎず深すぎず緩やかに、文章を撫でるように自然に読み進めることが出来た。目の前で起こる他人の人生と葛藤の一部をただ眺めるだけ。細部への干渉はあえて行わない。

もちろん、細かく解明しようと思えばいくらでもできる作品でもある。特にこの手の小説はそういう風に出来ている。作中の謎を一つ一つ挙げていけば紙が数枚埋まると言っても過言ではない。

白川、高橋、顔の見えない男を混合させようとする描写も見受けられたので、作者による引っ掛けだと解釈してもよいだろう。このような事から、一つ一つ解明していけば何か恐ろしい事実が浮かび上がりそうな予感もする。


(飽きた)