日々の徒然に

日々の徒然に

自分の気持ちだったり、病気の話だったり、いろいろ日記替わりに書いていきます。

前回のお久しぶりの投稿の際に、入院していて書きたいことが沢山あると書いたと思うので、何回かに分けて書いていこうと思います。


入院した経緯、前回もサラッと書きましたが詳しく書こうと思います。


その前に私の死生観?というか、死後どのように扱われたいか?について、お話しようと思います。


私は良くも悪くもない普通の人生を歩んではいるのですが、なんというか恥の多い人生を過ごしてきたので、孤独死はもちろんしたくないし、死んだあとなるべく早く綺麗な状態で見つけて欲しいんですね。


そもそも死ぬなんて!とか、命を粗末にするなと仰る方もいらっしゃると思います。


倫理的にも、どういう状態であっても、尊ばれるべき命とありますから、自殺というのはそういう意味で見ますと、命を粗末にしているのでしょうね。


ですが、私にとって死とは人生最期の『決断』だと、思っているんですね。


自己決定権があるように、意思の尊重という言葉があるように、その人が勇気を振り絞って固く決意して行動した結果が死だったというだけだと思うんです。


だから、私は死が決して悪いものだと思えませんし、自分が自殺をしようとする時は、よく言う「変な気」を起こしてするのではなく「固く決意して本気で」挑んでおります。


失敗しかしていませんが。


閑話休題


12月11日に1度目の自殺計画を実行しようとしたところ、同居している両親にバレできませんでした。


そもそもなぜ、親にバレたかと言うと、早く見つけて欲しいがために、友人に時間を指定してそれまでに連絡が来なかったらと、母親の連絡先を教えていたんですね。


それを時間より早く気づかれて、母親に連絡がいき気づかれたという訳です。


普段なかなか連絡のつかない子なのに連絡が着いたので、少し複雑でした。


12月17日には2度目の挑戦をしました。

挑戦前に大変分かりにくいSOSを母親に出してみました。「明日病院行くか迷う」と、私なりの精一杯のSOSです。それに対して母は、「週末まで頑張れ」と答えました。それでなぜだか心が折れて自殺するに至りました。予め、踏み台を用意しておけば今頃死んでいたのかもしれませんが、少々頭の足りぬところがあるため、用意もせず、特に紐の結び方も考えず適当に結びました。


そんな状態で上手くいくはずもなく、失敗に終わりました。


そこで、翌日まだ生きなければいけないなという気持ちがひと握りほど残っておりましたので、病院へ行き即日入院となりました。


長くなりましたので、入院してからの話はまた別の機会で…。


コメントなど頂けますと幸いです。