熊本県阿蘇群旧波野村にあった、オウム真理教のサティアン跡地に行きました。概要を載せます↓
- 1990年(平成2年)
- 5月 - 日本シャンバラ化計画を推めていたオウム真理教が、早川紀代秀のダミー会社を通じて土地を取得。教団は「シャンバラ精舎」建立を目指して進出を開始、村は住民票不受理で対抗し激しい対立が起きる。目的のひとつは武装化拠点の確保であり、購入したばかりの施設で生物化学兵器を研究していた。
- 10月22日 - オウム真理教国土利用計画法違反事件による熊本県警の強制捜査。オウムは逮捕者を出したものの兵器密造は発覚せず、罪の無い教団に対する宗教弾圧として批判した。
- 1994年(平成6年)8月 - 土地の明け渡しに関して、オウムが数千万円で取得した土地を村が9億2000万円で買い取ることで和解。
行き方は、阿蘇望橋に駐車し、南下します。
そのまま進むと、左手に幾つか侵入禁止の道があります。それには行かずに、真っ直ぐ降っていくと未舗装の砂利道が出てきます。
途中、幾つかこの標識が出てくれば、道は間違いないです。それに、この標識が出てくるのが目印です↓
未舗装の砂利道は、途中で舗装されたアスファルトに変わりますが、その道で間違いないので進んでいきます。
黒い廃車と錆びれたゲートを見つけたら、そこがサティアン跡地です。ゲートのすぐ左に石碑が倒れています。
ここが紛れもなく、オウム真理教のサティアン跡地です。ちなみにゲートの辺りでは、波野村の住民が反対運動をしていたそうです。
入り口に入り、しばらく周囲を探索しましたが、オウムの痕跡は見当たりませんでした。おそらくですが、僕のブログが波野村サティアン跡地の詳細を書いた最初のブログになると思います。