合理的配慮について感じたこと
「体調悪いなら休んでいいよ」や「休ませてあげる」という形は本質ではない
本当に必要なのは 「休むことへの罪悪感をなくすこと」
休みの申し出に軽く「オーケー」と返すことが一番の配慮
そうした対応ができる環境こそ「働きやすい環境」
9/1〜3休む
4日、1時間時間休で出勤
所長に夕方お時間ありますか、と言う
半分勢い。
ヤマネさんと言葉を交わせて少し落ち着く
所長に話す内容まとまらないまま面談
朝はもう無理、と思っていた、体調が悪く何とか1日終わらせている状態
環境と仕事内容が変わってうまく適応できていない、と伝えた
どこが違うか問われて、関わる人数が多い、以前は一対一で深くだった、そのギャップ、など伝える
この程度しか言語化出来ない
本当はもっと違うんだと思う
相談以外でどこで活躍できそうなのか
→わからない
ここを辞めて新しいところの方が心機一転なるのか→先のことは考えられない
体が動かなくなることについて
通院服薬をしていることを聞き出される(答えざるを得ない状況)
今の時代配慮は必要だからキツイときは休んでいいよと言われた
病気だから、と見られるのが嫌で言いたくなかった
有給が権利っていうなら、その範囲なら身体が動かなくなろうが遊びに行こうが関係ない
休んでいいよ、と許可をもらうことじゃない
理由聞かずに休ませてくれるのが1番ありがたいしメンタルにもよい
周りからも体調大丈夫?って言われたり、メンタル?って探られたりそれがストレスになる
今のところ最低限自分の仕事がない日、致命的ではない日に休んでいるつもり。
面談後、きつかったら(しなくて)いいよ、と配慮を見せるけど翌日には変わっている(ダメとは言わないが態度が否定的、冷たい)
就労も気分転換になると言っていたとヤマネさんから聞いたらしく「気分転換になるって言ったんでしょ」と。怖い。「(負担を減らそうと外してあげたのに)」が言外に。
優しさや配慮、あなたのために、私がしてあげた/してあげる
第三者に伝えにくい
そんなに配慮してもらって感謝しなさい、になる