飲食FC奮闘記

飲食FC奮闘記

大阪で『がぶ飲み食堂』という2耗作ビジネスで現在3店舗のFCと直営1店舗を運営するRBR合同会社の窓口ブログです。
何かで起業したいと考えている人の一つの指針になればいいなと始めました。宜しくお願いします。

― 美しい現場に、美しいロジックを組もうとしない人たちへ ―


「嘘が通用しない世界」に、私は惚れ込んだ

飲食業は、不思議な業界だ。
出す。食べてもらう。不味ければ二度と来ない。

それだけだ。
演出も、誇張も、営業トークも通じない。
つまり、飲食業とは「体験そのもの」がすべてを語る世界だ。

私はこの“嘘のつけない潔さ”に、心を惹かれた。


嘘で売る仕事に、ずっと罪悪感があった

昔、父のアパレルを手伝っていた頃。
似合わない服を「お似合いですよ」と言えなかった。
それは、自分が嘘をついて“人を陥れてまで”利益を出すことができなかったからだ。

その後も営業職などを転々としたが、
“相手を鴨にする”ような仕事のやり方に、どうしても馴染めなかった。


だからこそ、飲食という「誠実しか通じない現場」に戻ってきた

飲食は、“誠実でしかいられない世界”だ。
食材、調理、接客、空間。そのすべてが“ごまかし”を許さない。
それは、働く人間にとっても、お客様にとっても、唯一無二の尊い空間だった。

それなのに──
私は、飲食業界の経営者たちの姿勢に、どうしても納得がいかない。


なぜ、成長の機会を意図的に奪うのか?

  • 湯煎で済むメニュー

  • 包丁すら使わない厨房

  • 目の前の数字だけを追う教育放棄

  • アルバイトは“人”ではなく“稼働数”としか見ない思考

なぜ、美しい現場を選んでおきながら、美しいロジックを構築しないのか?
なぜ、人を育てることから逃げるのか?


飲食は“人を育てる産業”であるべきだ

飲食は、本来こういう場所だったはずだ。

  • 包丁を握ることで、“自分の手”に誇りを持てる場所

  • お客様と接することで、“社会と繋がる実感”を得られる場所

  • 混雑やトラブルの中で、“自分の成長”を痛感できる場所

  • 働く人が「自分の人生を変えられる」と信じられる場所

それをわかっていながら、
「人件費が高いから」「教育はコスパが悪いから」
と理由をつけて、人を“消耗品”として扱う経営を私は許せない。


怒りの根っこにあるのは、「愛」だ

私は飲食業が好きだ。
いや、“信じてる”と言ったほうが近い。

だからこそ、この業界の未来が「回すだけの工場」になっていくのを見たくない。
嘘が通用しない、誠実なこの現場が、誰かの人生を育てる場所であってほしい


だから、私はRBRを始めた

RBR(レストラン・ビジネス・リフォーム)は、
飲食という現場を通じて、思考停止を打破し、
人が自立し、文化が続いていく社会構造を再設計する試みだ。

  • 人材の“自律化”

  • 組織の“思想化”

  • 社会との“再接続”

これらはすべて、私が飲食現場で感じた“怒り”と“愛”の裏返しだ。


飲食に夢を見たっていいじゃないか

もしあなたが、
「本当は自分も誠実に働きたい」と思っているなら──
「人の人生を変える店を持ちたい」と思っているなら──

それは間違ってない。
むしろ、飲食の原点に一番近い考え方かもしれない。

私は、その想いを裏切らない世界を、現場から作っていく。


がぶ飲み食堂も、RBRも、そのためにある。


💬 あなたはどう思いますか?

もし共感したら、ぜひコメントやメッセージをください。
これは、私だけの怒りじゃない。
きっと、誰かの“違和感”の代弁でもあるはずだから。