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NIT'sの表・裏

演劇、映像、お笑い、ラジオ、なんでもごされ!のNIT’sの表の顔と裏の顔をお見せ、できたら良いのですが・・・

ご覧いただき、ありがとうございます
お久しぶりです、池田裕太です

先日、専門時代の同期と新宿で飲みました(o´∀`)b
皆様、俳優女優を目指した仲間たちです
集まったのは、急遽だったために少なかったですが。
今も芸能をやっているのは、少なかったですね、寂しいことに。
まあ、かく言う私も、それを主として活動はしていない1人なのですが。趣味とは言え、続けています
続けていない理由は、やはり。

結婚・出産

でした
結婚を期にやめた人
出産を期にやめた人
これがやはり、というか、人生の分岐点の1つなのでしょうね
私の場合は、まあ、ちょい違いましたが、似たようなもんですね

みな、各々の道を見つけ歩み出しています

だから、楽しいんでしょう
だから、寂しいんでしょう
だから、迷うんでしょうね

私は私で、何を見て生きていくのか
その先には何があるのか

さあ、頑張って生きましょう(o´∀`)b
では失礼します

池田裕太
ご覧いただき、ありがとうございます
どもども、池田裕太です
えー、皆様、お疲れ様です
えー、まー、私は元気です
皆様、元気でしょうか?



さてさて。
ブログアップしなくて、誠に申し訳ありません
そして。私用ですが。
最近、連絡する程時間が無いので、すみません
用がある時しか連絡しなくて、すみません
深夜に起きてそうな方には連絡します、用が無くても
急な連絡が多くて、すみません

まー、なぜに連絡しないのか
忙しい?
いや、そんなでは無いですが
ふさぎ込んでいる?
いや、それは無いですが

まー、なんと言いますか
昼間は朝から仕事
暑くなってきたのに、外仕事が増えてきました
そして、夜は稽古しています
とある団体さんの元で。
というか、とある団体さんに入っています
まだ、正式には公表出来ませんが
色々と公演しようとしています
まだ、正式には公表出来ませんが

そのおかげで。
その団体さんの中枢を担う方が稽古場を持っていますので、うちの劇団も使えるようになりました。借りる事が出来ました
ギブ&テイク。みたいなもんですかね?

兎にも角にも。
今年も、私は公演を沢山します
そして、今年は、その稽古場を借りて、うちも精力的に活動しようと思っています
その公演の稽古の合間合間に、うちの団員の稽古ならびに、新たに入団したい方のワークショップなどをやろうとしています
時間制限もない稽古場なので、とても助かります
これで、団員たちも、どんどん実力を伸ばしていけるでしょう

そんな訳で。
今、連絡が疎かになっています
すみません

ちなみに。
公演は夏の間、一月に一公演というスケジュールになっています(o´∀`)b
7月に公演
8月に公演
9月に公演
10月に客演
と相成っています
なんつーハードスケジュールなんざましょ(o´∀`)b
合間合間に、うちの団員の稽古をします
なんつーハードスケジュールなんざましょ(o´∀`)b

まあ、でも。
それくらいしないとさ。
面白くないじゃん?

出来れば、団員たちにもお手伝い願いたい所です
受付とか、スタッフとか
芝居が出来るなら、出演とか
団員じゃなくても、お手伝いを探していますので、是非、ご連絡ください
お待ちしています

あ。あと。

バドミントン始めました
毎週金曜日、バドミントン始めました
どんだけ、夜空いてないんだよ。と思われますよね
それでもまだ空いていますよ?
まだ週3くらいは空きがありますので。

まー、その週3くらいは、9月の公演の作をやるために、執筆活動してますが。

つー訳で。
稽古も。
うちの団員の稽古も。
新たに入団したい方の稽古も。
どんどんやりたい!という想いのブログでした
あと、バドミントンもやりたい!

団員の皆様、その他の皆様、私に芝居の時間をもっと下さい!
連絡待ってます(o´∀`)b

失礼します
池田
ご覧いただき、ありがとうございます
代表の池田裕太です



夜道を歩き、芝居を考えていました
これは、これから芝居を始めようとする人、これから芝居をどうするか悩んでいる人、団員たちへの言葉です
ただの思い付きの言葉です


芝居を人生の一部として、芝居に携わるべきである


芝居を人生の一部として考えて、他の事・芝居と関係ない事に、どんどん関わっていくべきであるという意味である
それは、プロもアマも変わらないと思いますが、あくまで持論です

私みたく、芝居を人生の全てとして、芝居に携わると大変な事になります
確かにプロは、それくらいじゃないといけない気もするが。
しかし、犠牲があまりにも多く、お金も芝居のために使い、仕事やバイトも芝居の下に存在する事になり、他には何も無い人間になります
それと、芝居を全てとすると、芝居が嫌になる時もあります
正確には、芝居の根底にある「人間」を嫌になる時があります。
仕方ありません。
人間を追究するから、芝居の幅が広がるのです。
しかし、人間っつーのは、綺麗な生き物じゃありませんから、人間に呆れ、人間を嫌悪する事があります
したがって、芝居を嫌悪する事となります
仕方ありません。
そうなると、芝居をしたいのに、芝居を嫌悪するため、どうしたら良いのか解らなくなり、結果的には

人生どうしたら良いのか解らなくなります

これはもう、絶望的です
苦しみます
しかも、その汚い人間というのは、自分も含まれています
自己嫌悪も始まります

だから。
芝居との距離感が大切なんです
仕事から芝居を学ぶ事もあります
遊びから芝居を学ぶ事もあります
お金から芝居を学ぶ事もあります
友人から芝居を学ぶ事もあります
素人から芝居を学ぶ事もあります
芝居を中心に考えるのは同じかも知れないが、他があるから芝居は存在する事を忘れてはいけない
他があるから自分が存在する事を忘れてはいけない
結果的に。

芝居を人生の一部として、芝居に携わるべきである

という距離感が必要になる訳です
夜道を歩いて、何を考えているのやら...

では皆様に色々な経験がある事を願い
今日は、このへんで。
失礼します

池田裕太