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ケンさんのブログ

好き勝手な記事です

思えば、仕事や家で個人で使うIT機器も、結構な量になる。
もうかなり忘却の彼方に行ってしまっているが、完全に忘れる前に独断の評価も交えて覚えているものを書いておこう。
反省は、未来への資産である。

電卓もIT機器に含む場合があるらしいが、それを言うなら小学校の頃のそろばんも入れなければならない。そろばんの入出力は、これ以上ないくらい簡潔でありアキュムレーター(加減算器)はちゃんと持っている、丸見えで。
もっとも計算に使うより足の下に敷いて滑る使い方のほうが遥かに多かったのもIT機器に入れない要因である。

取敢えずここでは、自分でプログラムや、実行形態を変更可能な情報(データを)を扱う機器に限る。
最近の炊飯器とかは、情報を扱わず、デジカメは画像に特化しているため入れない。PICなどのマイコンはともかく、Arduinoや果てはRaspherry Pi等は立派なコンピュータと言っても良いが、こんなのを入れるときりが無くなるので、キット的なものも除外する。

FX501P したがって最初に個人で手に入れたプログラム可能なIT機器は、右のプログラム電卓ということにしておこう。
機種はカシオのFX-502P(1979発売)だと思う(ひょっとすると容量違いのFX-501P)。
このとき、すでにパソコンは出ていたし、大型計算機やミニコンも触らせてもらったことはあるが、このプログラム電卓は完全に個人所有の役に立つアイテムで、パソコンを使いだしてもしばらくは、このカテゴリーの製品を代を重ねて使っていた。


前史

話しは数年前にさかのぼる。
今でこそ電卓なんて100円ショップで売っている代物だが、1972年6月にシャープが乾電池で動く電卓を出した時は2万円台の値段は学生でも少し無理すれば買える衝撃的な値段だった。
そしてカシオが6桁ながら12,800円とシャープの半額以下の電卓を出して、怒涛の電卓戦争が始まった。
計算尺これが出るまでは、計算しなければならないエンジニアにとって計算尺という、対数目盛を左右にスライドさせて目盛の位置で乗除算などを計算するこのアイテムは必須であった。
ジブリの「風立ちぬ」の映画でも出て来たが、昔のSFの中の未来の恒星間の宇宙船の中でさえも、当たり前のように未来永劫使われると思われたツールである。

工学部の学生も入学したら、鬼のように出て来る計算をこなすために、当然のように買わされた。
しかし、シャープの計算機や有名な答え一発カシオミニが出てからは、突然だれも計算尺に見向きしなくなった。
計算尺の世界ではヘンミ計算尺株式会社が世界的なシェアを持つエンジニア御用達のメーカーであったが、電卓の突然の低価格化の影響をまともに受けた。あの、精密装置の極致のような、竹製のえも言われぬスムーズさで動く芸術品のような世界に冠たるものであっても…
しかし、ヘンミは今でも同じ社名で存続しているらしい。さすがに計算尺は作っておらず、プリント基板がメインらしい。いつまでも健在でいて欲しい。

大体、教授たちからして何十万もする卓上計算機を使っていて、かっこ良く計算尺を使う人などすでにいなかったのである。
計算するのは趣味のためじゃないので、楽に計算出来るのが一番である。
そもそも、これらの安い電卓が出る前でも、どこからか電卓(といってもでかい)を調達したりして、皆で上手く計算を分担し、なおかつ、それぞれ単独で計算したような見掛けにしてレポートを作成していたのである。
もっとも,、こんなことはレポートをちょっと見比べて統計処理すれば、簡単にばれることなので、出す方も承知で出していたに違いない。ひょっとすると要領よく、こなすやり方の訓練だったのかもしれない。

さて、貧乏な学生がすこしアルバイトを頑張れば何とか電卓が買えるようになると、あっという間に普及した。
授業中でもたばこの煙で黒板が見えなくなるような、そして吸殻は当然のように教室の床の上に落として足で消す、そして飲みに行けば先生も学生も関係なく俺の酒が飲めねえのかとクダを巻く(昔は良くいた)のがデフォルトの山賊のような集まりでも、可能ならばちゃんと計算してやろうという意思は持っていたようである。

もっとも自分の世代では(機械工学科)シャープやカシオの電卓で無く、半年遅れくらいで出た全国大学生協で販売していた関数電卓の方が圧倒的に多かった。
三角関数や指数関数などの初等関数が使えないと結局、関数表をしょっちゅう見ることになるので、メリットが小さかったのである。
逆に言うと関数電卓がないと、今までどんなズルい手を使っていたのか想像せざるを得ないほど必須の道具である。
それを関数のボタンをポチッと押せば、ピロピロと計算してくれる、まこと楽チンなアイテムだが、それでも膨大な計算の量である。先輩たちがまともに計算していたはずがない。

この関数電卓がどういうものだったのか、なかなか思い出せなかったが、やっとネットで調べられた。
ここのページの中ほどにあったCO-OP SR-8の写真に間違いない。
クラウンなんとかというメーカーだと思っていたが、この資料によれば、電卓競争で倒産したシステックという会社らしい。
しかもこの会社の倒産が任天堂にファミリーコンピュータを作らせることに繋がったというのだから、世界の子供に間接的ながら関係した会社でもあるようだ。



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