早大進学を選択した斎藤佑樹投手。


関東大会でベスト8に入った新田生品中3年時には、

正田、一場らを擁して99年夏に全国制覇を達成した地元の強豪である桐生一や、

松坂を始め多くの有名選手を輩出し、春夏通じて多数の全国制覇を達成、

言わずと知れた超名門校である横浜からの誘いを断り、

「文武両道」を貫く為に早実に進学した斎藤選手。

進学だけを重視するなら地元群馬の進学校でも良かったはずだが、

群馬では公立進学校が桐生一や前橋工といった全国レベルの強豪校を打ち破っての甲子園出場、

特に夏の甲子園に出場する事は不可能に近い。

仮にその2校に勝ったとしてもまだまだ強豪校は複数あり、その壁は厚い。

かと言って私立では公立進学校に匹敵するような進学実績の進学校が群馬にはない。

兄聡仁さんは俊足巧打のトップバッターとして桐生高で甲子園を目指した。

桐生高は公立進学校ながら県内では甲子園最多出場を誇り、

センバツでは準優勝も達成している名門校。

だが、ここ20年近く甲子園には出場できていない。

聡仁さんが桐生高3年時には春季県大会で準優勝し、関東大会にも出場したが、

惜しくも初戦で八千代松陰(千葉)に0-4で敗れた。

斎藤佑樹投手の出身地区から考えると、

野球重視なら桐生一、前橋工、太田商などの強豪校、

勉強重視なら太田高、桐生高などの公立進学校があるが、

高レベルで文武両道を達成出来る学校はない。

よって、あらゆる面で恵まれた環境にある野球部があり、

野球に全力投球していても早大に入れるという面で、

早実選択はこれ以上ない、正にベストな選択であったといえる。

結果的にも甲子園優勝、早大進学確実と正に大成功である。

高卒即プロ入りに多少気持ちが揺らいだというが、

早大に入るために早実を選んだのだから、

即プロ入りということは最初から有り得なかったのである。

高橋大輔(フィギュアスケート)と伊藤淳史(電車男)
上島竜兵(ダチョウ倶楽部)と川村晃司(テレ朝コメンテーター)