ちょっとコーヒー入れといてくれんか。



夫が言った言葉である。



その時私はお昼ご飯を食べ終わって、執筆のための時間を確保するために食器を下げようとしていた。


その時に猛烈に怒りが込み上げてきた。



私は執筆の時間をとるために、やらねばならぬ事を先にやろうとしているのであって、お前のコーヒーを入れるために使う時間はない!



私の怒りが腹の底から湧き上がってくる間、おそらく数秒間見つめあっていただろう。



しかし、夫の目はなんの疑いも罪悪感もなく、私が喜んでコーヒーを入れるのと信じて疑わない目をしていた。



この世にこんなにブレずに思いを伝えてくる眼差しがあるだろうか。



さながら抱いてもらえることを疑わずに手を伸ばす赤子であった。



私はその瞳に負けた。



しかし、ただでは負けぬ!



ノートパソコンを開き、YouTubeでショスタコーヴィチの革命を流す。



私が怒りを感じた時にとる行動は何パターンかある。


そのひとつがショスタコーヴィチの交響曲第4番「革命」を聴くことである。



この曲は旧ソ連がスターリンによって恐怖政治に支配されていた時代に書かれた。



芸術までも糾弾されるようになり、自由に作曲することができなくなっていた頃のものだ。



危うい立場に立たされていた作曲者がこの曲によって名誉を挽回させたと言われている。



まあ私は音楽史には明るくないので、素人の戯言と流して欲しいが、政府に評価されるために書いた曲ではない気がしてしまう。



身近な人達を処刑され、自らの音楽を表現することを制限された作曲者が、状況への怒りと立場を乗り越えて音楽を作る喜びにたどり着いた。



そんな曲に聴こえてくる。



まあ情報についてはWikipediaで調べた。



そんな曲とともに、怒りを自分の内で味わって味わって爆発させるという方法を今日は選んだ。



この曲は始まりから私の怒りをガンガン刺激してくる。



これだけ音楽が怒ってくれると、だんだんと私もそんなに怒らなくていいかという気になってくる。



そしてちょうど良いタイミングでいい感じに昇華できるように持っていってくれるし、最後はなんかいい感じでまとめてくれる。



今日もいい感じでまとめてくれた。



コーヒーを入れるなんて大した手間ではないんだから自分で入れろと思いつつ、確かに私が入れても大した手間ではないと思えるようになった。



我が家はコーヒーメーカーで入れるため、粉と水を入れてボタンを押すだけ。



そんなこんなで革命の時代を乗り越え、外出先でカフェオレを購入した。



本当はコーヒーショップで売っている氷の入った冷たい無糖のカフェオレがよかったが、こんな状況なのでもちろん営業していない。



自動販売機でカフェオレを購入した。



今では無糖のペットボトルカフェオレも増えたが、購入したのは加糖のカフェオレだった。




ペットボトルには見やすいように、甘さ控えめ!と書いてある。



そして私は耳にワイヤレスイヤホンを入れ込んだ。



こうして、革命は繰り返されるのである。