初年兵として、ソ満東部国境警備隊に到着したとき、各人に支給された鉄帽、それはやはり前線らしい緊張感を私たちに与えた。
まだ学生の頃、満州事変の凱旋部隊を竜山に迎えた際、私は満州の広農の戦火をくぐって来た黒光りする鉄帽の整然とした隊列にたくましい男の群像を感じとった。その鉄帽を、ついうっかり「鉄かぶと」と呼んだことでまずはビンタ一発を喰らう羽目になった。それは軍隊用語では「鉄帽」と言わねばならなかったのだ。
それ以来、あの重苦しいが、まさに、戦う男の帽子である鉄帽は、長い間、私の頭を保護し続けてきた。事実、ビルマ、フーコン作戦においては、数個の迫撃砲の破片を跳ね返してくれた。
ところで、ビルマ前線もようやく敗残の色が濃くなり、転進に次ぐ転進といった状況が続いといる頃、私は、兵隊達が鉄帽を頭にかぶらず、下半身の男性の中心点に当て、紐を腰に廻して固定しているのに気付いて驚いた。 「もう こうなったら、どうっていうことなかですたい。頭に一発くれば、はい いちころ。ばってんこの一番大切なもんをやられては、なんぼ命があっても生き甲斐ちゅうもんがなかですもん」と言って、山下伍長は大笑いするのである。
私はその時、北九州の兵隊が持つ素朴にして不屈な強靭さをひしひしと感じた。
(敵・戦友・人間 栄光なき戦いの果てに 井上 咸)
