恩師 | 日の日の日の記

日の日の日の記

日々の覚え書き













ヨガと出会って20年


ここ3年ほどは


定期的に行われるクラスではなく、チケット制のクラスに切り替えたので、



通えたり、間が空いてしまったり、



学習にムラがあるようだ。





17年そばに居てくれた恩師は、教える事を止め


掲げていた厳しい理想(他人をあてにすることなく、ひとりで生き抜く)を


降ろし、自己主張をせず、


Yes, No, も言わなくなった。




これが、本当の『遊行期』だろうか





OM Shanti
(オーム シャンティ)
 

 サンスクリット語で、平和でありますようにの意味。


「オーム」は、ヨガのお祈りの言葉、聖なる音といわれている。


なにかと誤解をされる言葉になってしまったが


本当は、人を征服し傷つけるためにある言葉ではなく、


人と人とが仲良く調和するために祈る平和のための言葉なのだ。





わたしは、そう恩師から教わった











この写真は恩師の手である。




ぼやけているけど(笑)




指の節を使って百単位まで数えられる方法を教授されている時のもので



108回の祈りを唱える時などに利用される数え方である。







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同じ地域に住みながら、もう顔を会わす事もなく



毎年200枚以上は書いていた新年の挨拶状を、


身辺整理をするかのように書くのを止めた彼女に、


便りを出すのもためらわれて


疎遠になっていった。






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汗水たらしながら、戦中戦後を人の何倍も努力をして生きてこられた方。



お酒の席で、



東京大空襲の時の死体の山を目の当たりにした話をされ



『これは伝えなければ』と、



わたしの眼を見て、そう、おっしゃった。



戦争が終わっても、彼女の中の戦いは終わってはいなかった。






彼女は


『ヨガ』の教典やアーサナを、身体の中にいっぱい学び続け



心身のバランスをとるために



生かそうとした。



そして、それを、わたしたち生徒に惜しみなく注いでくれたのだ。






鈍い弟子をじれったく思いもしただろう。



『あなた達に見せたいものがある』と、毎年単身で学びに行っている



インドの道場に連れて行ってくださり、



わたし達の視野を広げてくれた。






わたしは


恩師の側に居るだけで、安心できたのだ。
















随分、長く、一緒に過ごしたある日


なにげにした質問に



『う~ん、どうだったけな………………忘れたな



ヨガはもういい、十分やった』





意欲も体力も落ちていた



自身の状態を許せなくなった責任感の強い恩師は



教える事をやめられた。






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この「手」を見つけた時、あの懐かしい声が聞こえた。




『利き手が一の位、もう片方の手が十の位』




ブルーのパンジャビースーツ(インド女性の服)を着ている




一緒に渡印したときのものだ。





あの時のはつらつとした力強い彼女は、もういない






時は移り変わってしまったのだ。

















電話もメールもあまり好まない恩師







 










今日は




終戦記念日






彼女の中の戦いは続いているのだろうか……


















会って話がしたくなった…















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*拙い文章を最後までお読みくださりありがとうございました