自分でもちょっと驚いてしまったんですが、よさこいをやり始めて今年で15年目を迎えることに気づいてしまいました…。
まぁ正直言うと本当に3歳からやり始めたかはあんまり覚えてないんです(笑)。なんで、もしかたら今年で16年目かも知れませんし14年目になるかも知れません。取り敢えず確実に10年はやって来たということです。
今でこそ「よさこい」を心より愛し、祭りのないシーズンは生きた心地がしないという僕ですが、やり始めて何年間はぶっちゃけそこまでよさこいが好きじゃありませんでした。ファ?!Σ(゜Д゜)
さらに言えば、よさこいをやり始めたきっかけや理由すらも覚えてません。まぁ多分、祖母がその時既によさこいをしてたんで僕を引っ張って来て入れたんだと思います(笑)。
ちなみにこれ、まだ「天戯」がない時の話です。「天戯」が出来たのは多分2004年だったと記憶しております。この時に祖母が天戯の代表になったんですが、今も変わらず元気に代表をしてくださっております。で、ここでも僕は引っ張られて来て天戯に入ることになりました(笑)。まぁ母さんもしてたし、代表が祖母となれば分からんでもありません。むしろ今ではそれに感謝してます。
2006年
母が癌の為に亡くなりました。僕が人が亡くなった姿を初めて見たのがこの時でした。あまりに急な事で何も言葉が出ませんでしたし、母が亡くなったという衝撃に駆られ涙すらも出ませんでした。
そんな悲劇が起こった年に僕はある事を始めました。演舞前後の挨拶、踊り手の煽り等をする「MC」という役です。これに関しては自分からやり始めた事です。 きっかけは伊勢市豊浜のチームさんに居るMCさんを見た所から始まってます。最初はそのMCさんについてあまり何とも思って無かったんですが、イベントで見るにつれて関心が湧き「カッコエエなぁ」「あんなことしたいなぁ」ていう思いが芽生えて来ました。そして意を決して代表に「MCしたらダメ?」て言ったら「ええよ~やりない!天戯MCおらへんで~」とあっさり許可が下りました(笑)。こんな感じに天戯のMCは誕生しました(笑)。
MCをやり始めた時はとにかくきっかけとなったMCさんのマネをしておりました。
まぁそれよりも「6歳の子供がMCをする」ということで当時は色々な祭りでその事に関して衝撃が走っておりました。今でさえも驚かれることがあるのに…(笑)。大人の方々からしたらそれだけ珍しかったんでしょうね。それ故にしょっちゅう祭りでインタビューされてはガチガチに緊張しておりました。
地元の祭りとなると知っとる奴らが仰山居って一番恥ずかしくて、一番嫌やったのを今でも覚えてます。そんな感じで、MCやり始めて約6年間くらいは人前でMCすることにかなりの緊張を覚えておりました。中1になった辺りからそういう緊張が取れて来て、今では人前で威風堂々とMC出来るようになりました。ただ、学校とかで多数の生徒の前で「演説しろ」言われたら無理です(笑)。多分、人前でも強い自分はよさこいの時だけ姿を現すんでしょうね(笑)。
ここまで来るのによさこい界の色々な方々にお世話になってきました。特に鈴鹿・津にチームを置き、代表をしておられる「ある方」にはホントに色々仕込んで頂きました。凄い専門orプロな用語や指導法でMCだけでなく踊りも仕込んで頂きました。それがあったから僕はここまで出来るようになったんだと思うと感謝してもしきれません。
最近はMCのみらず、踊り子/旗氏/歌い手もしたりしております。踊り子、旗氏の役は結構前からしてきましたが歌い手は去年から始めた役です。これに関しては僕も天戯メンバーも予想してませんでした。きっかけは天戯の演舞曲「夢幻郷(むげんきょう)」をアレンジするにあたって、夢幻郷を作成して頂いたPAさんに「カンタ(僕)が歌ったら?」と言って頂いたのが始まりです。最初は僕も嫌でしたが、この「夢幻郷」という曲は僕の亡くなった母を思い作成された曲で、歌い手という役はやったこと無くて多少興味はあったのでやる事にしました。収録日までにカラオケに行って歌う練習をしたり夢幻郷のCDをとにかく聞いて聞いてしたりと出来るかぎりの努力をしました。
そして収録日。天戯がいつも練習に使う体育館で収録したんですが、何せ真冬の暖房もない体育館でとにかく寒くて仕方ありませんでした(笑)。寒い中収録した新しい「夢幻郷」を初披露したのは去年の伊勢志摩舞祭りでした。…県内外から仰山チームが来てる中で自分が歌った曲で演舞する…ということでとにかく緊張して仕方なかったです(笑)。あの時もしも音響トラブルで曲が止まってたらフリーズしちゃってたでしょうね(笑)。
でも最近はむしろこの「歌い手」という役もしていることに誇りを感じています。おまけに代表に「俺が歌い手するで新曲作ろ」と言ってしまう程にこの歌い手という役にハマってしまいました(笑)。最近自分が歌った曲に合わせて踊ってくれる人達を見てると嬉しくなってくるんですよね。なんでなんでしょうねぇ(笑)。
そんな感じで、僕に歌い手という新しい役を授けて頂いたPAさんと天戯メンバーに心底感謝しております。
こうやって記事を書いてると「自分ってよさこいで色々なことしてきたなぁ」て思います。それと同時に「自分にとってよさこいとは」て考えたりしてます。人によっては 休日の楽しみ とか 趣味 と思うかも知れませんが、僕にとってよさこいとは「自分を強く生かしてくれるもの」だと思ってます。
僕は高校生です。個人的に高校はすげえ楽しいと思います。けど楽しい事だけじゃなく、嫌な事も確実に出てきます。僕も高校生になって何回か嫌な事がありました。一番嫌やったんが、一番見られたなかった写真をひょんなことから一番見られたなかった好きな子に見られてしまったことですね(笑)。その時は「明日からどやって生きればいいの」とか散々絶望しましたね笑笑笑。ホンマに一時間半くらい誰とも何も喋りませんでした(笑)。
そんな絶望しかない僕を救ってくれたのが「よさこい」でした。
「こんなしょうもないこと気にしとったらあかん。こんなしょうもないこと気にしてよさこいの人らに心配かけたり、演舞に集中出来やんのが一番最悪や」
考えすぎかも知れませんが、可能性は0ではないと思います。もしこんなことになったらホンマに最悪です。そして…
「忘れやな!天戯のMCたる者がこんな弱々しく生きとったらあかん!強く、明るく、輝いて生きるんや!!」
ていう答えを見つけて無事立ち直りました。止めに
「こんなこと気にする暇あるんやったらMCのこととか、奉華(曲名)の振り付け間違えとる所とかもっと大事な所気にせぇ!!」
人前を恐れずMCしてる時の自分に叱られると同時に背中を押して貰った気がしました。
結局は勝手に自分で立ち直ったようにしか見えませんが、よさこいがなかったらこんな考えには到底たどり着けませんし、多分今でも僕はあの嫌な記憶を引きずっていたでしょう。
このような事態は高校生になる以前にも何回かありました。
自分には「よさこい」という愛すべき者があり、その中でやり遂げたいこと、目標、チーム…等色々大切なものがあります。それらがあるから今この瞬間を強く生きようと思えるんです。そしてそれらを与えてくれた全ての起源は「よさこい」です。はっきり言って「よさこい」がなかったら僕は存在自体が危ぶまれてたかも知れません。そのくらいよさこいに僕は救われて来ました。そして今でも強く生きられております(笑)。
こういう観点からよさこいは自分にとって
「強く生かしてくれるもの」
と考えるようになりました。
おわり☆