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夜の10時を回って少し遅くなったテニスサークルの打ち上げの帰り
花冷えの雨も降り出した中
心細く家路についていた。

閑静な住宅街というのは案外厄介なもので
街灯が申し訳程度にしか見えない。

この時間になると夕餉の支度の匂いも無く
住人の生活音さえ聞こえない。

否、一軒ごとの間隔が広いからそう感じるのかもしれない。

時折右側を天井川のように走るJRの電車内の灯りが安堵の行燈になる。

けれど走り去ってしまえば音も消え
夜の闇が何食わぬ顔でいる。

左側には公園が広がり道沿いには桜並木が続いている。

ゆっくり見上げて見惚れたいところだが
傘を差しているからそれもままならず
視線を足元に落とす。

と、縁石がぽっぼっぼっと淡い光を放った。

イルミネーション?

にしてはぼんやりとしていて
少し近くに寄るとそれは
よもぎの葉だった。

葉裏の白い産毛が雨を受け
鈴のように穏やかな銀色を揺らめかせていた。

よもぎか…

光の正体が明らかになり
胸の真ん中にも同じような安心感が広がって足早に通り過ぎた。

ふと後ろから
「今だけですよ」
と声がした。

何?
声?

立ち止まって見回すが誰もいない。

当たり前だ。
さっきから周りには人っ子ひとりいないではないか。

気のせいだと再び歩き出すとまた
「今夜限りですよ」と
足元から声が追いかけて来た。

下を見るとリス?ではないがそれっぽい小動物が上を向いていた。

「悪いけどリスじゃないです。イタチです」

「イタチ?」

「知らないんですか⁈」
初対面の小動物に呆れられてしまった…

だって自慢じゃないが街中育ちだ。

〝イタチ〟の名前と存在は知っているが出会った事は無い。しげしげと認識する機会などなく生きてきた。

しょうがないやん…

ムッとして頬が小さなフグになった。

構わずにイタチが言った。

「よもぎ餅作るなら今日の新芽が最高ですよ」

「何で私がよもぎ餅作らなアカンのよ」

「だってこの葉だととっても美味しく出来るからですよ。それにあなた最近、貧血気味でお通じも怪しくないですか?よもぎは効きますよ」

「な、なんでそんなこと…」

「わたしはあなたのおばあさまに頼まれたんです」

「おばあちゃんが⁈」

怪訝そうな表情を読み取ったイタチは
「わたしは昔、あなたのおばあさまに助けて貰ったのです」