シャシャシャシャ…

クマゼミの声がうるさい7月のある日曜日の朝。

お母さんが産気づいたので
お父さんと一緒に病院へ行った。

でも生まれるまではまだ時間がかかるので僕はお父さんと一度家に戻った。

その日の夜、弟が産まれた。

あくる日おばあちゃんがやってきた。

「翔太くん、久しぶりやねぇ。ハイ、お土産」と手渡されたのは虫かご。

中にはカブトムシが入っていた。

「うわぉ。やったー」
僕は虫かごを頭の上に持ち上げ
ベビーベッドの置かれたリビングを駆け回った。

「大きな飼育箱、買いに行こうか」

おばあちゃんと近くのホームセンターに行き、寝床にするマットや昆虫ゼリー、とまり木等を買った。

おばあちゃんは僕の世話をして
僕はカブトムシの世話をした。

マットに霧吹きで水をスプレーしたり
エサのゼリーを切らさないように気をつけた。

1週間してお母さんが退院して家に戻ってきた。
でもすぐには家事が出来ないから
おばあちゃんはまだまだお母さんの役割をしてくれることになった。

赤ちゃんもセミもまだまだうるさい8月の終わりの日、おばあちゃんは帰って行った。

駅まで見送り、家に帰ると
カブトムシが動かなくなっていた。

「天国へ行っちゃったんだね…」
お母さんが言った。

「うそだ!さっきまで生きていたのに」

僕はケースからカブトムシを取り出してフローリングの床に置いた。

おしりをツツンと押してみたけれど
やっぱり動かなかった。

「ちゃんとお世話していたのに…」
(何がいけなかったのだろう)

僕の心の中を見透かすかのようにお母さんが
「寿命だったのよ。誰のせいでもないの。自分の力じゃどうにもならないことがあるのよ」

(でもやっぱり…)

胸の真ん中がゾワワとちぢこまり
鼻の奥が少し痛くなって
目にはじんわりと涙がわいてきた。

指でぬぐうとその感触が合図になったのか
どんどん涙があふれ、声まで出てきた。

結局僕は一晩中泣いた。