好奇心ノート -9ページ目

神戸連続児童殺傷事件

どうも、この前は内容が途中のまま

終了してしまい、すみませんでした。。。。

今回は、その続きです。

淳くんの口にくわえさせられていた、犯行声明文


その中のやけに難しい、文について


解説していきましょう。。。

まず、『愚鈍な』この文は、真一郎君が、

他の書籍で、読んだ際記憶していたもの。

そして、

『積年の大怨に流血のさばきを』は、

1992年頃に、出版された、少年系の漫画。

宮下あきらさんの作品、『羅門の家族』

の、小タイトルの、


『積年の大怨に灼熱のさばきを』から、


引用したものだといいます。

そして、この文のキーワードとなっても

おかしくないこの言葉。

『汚い野菜』は、むかし、真一郎君が、運動会で、

緊張していたとき、母親が、アドバイスにと

かけた言葉。『運動会で、緊張するなら、周りの

人を野菜と思ったらいいよ』といういわれ、

それ以来、人が野菜に見えてしまった

ようです。


かわいいようで、とても恐ろしい。


偏っているようで、純粋。


母親の言われたとおり行っていただけ

といわれれば、そうです。

野菜と思え。それを、続けてきた。

とても、素直なんだなと思ってしまったのは、


ボクだけでしょうか?


ボクが、もしずーとずーと、過去から、


この先も、ずーと人を野菜だと


思うようになってしまっていたら、


野菜の中身はどうなっているのだろう?


とか、味はするのだろうか?


とか、切れた音はサクッといった


感じなのか?などと思い、


野菜を、解体したいという衝動に


駆られることでしょう。。。


ボク自身、真一郎君と同じように


食べ物にあまり興味はありませんので、


作ることも、食べることも、好きではありません。


だから、あのガンジーの言葉には、


関心させられました。


『人は生きるために食べるもので


味覚を楽しむために食べてはいけない』


けれど、時代が違うので、考え方は、おなじでも


求めるものは違うかもしれませんが。。。。。


あっ、すみませんね。脱線してしまいました。


はなしを、戻しましょう。


興味はなくても、巨大な、自分の意思で、動く


聞く嗅ぐ、五感を働かせることの出来る


野菜が、そこら中にいたら、、、


それは、興味を示さないことのほうが難しい


でしょう?


だから、急に、大きな野菜を調理するより


まず簡単そうな小さい野菜から。


そう思うでしょう?


そう考えることも出来ますよね。


あくまで、ボクの考えですがね 藁


まあ、真一郎君は、実のところ


どう思っていたのかはどうやったって


わかりませんが、、、、、、、


フフフフッ


けれども、ボクは、人は、人間だと


思っていますので☆☆☆☆


では、このへんで。



そして、コメントしていただいたかた、


どうもありがとうございますね。。。


調べている人が、いるなんて。。。。


今後ともどうぞよろしく、、、、、、、、、、



神戸連続児童殺傷事件

言っていたとおり3回目です。


ボクは、約束は破りませんからねハート×笑


H9・5・8


愛する『バモイドオキ神』様へ


ぼくはいま14歳です。そろそろ聖名をいただくための


聖なる儀式『アングリ』を行う決意をしなくてはなりません。


『アングリ』を遂行する第一段階として学校を


休むことを決めました。いきなり休んでは


怪しまれるので自分なりに筋書きを考えました。


という感じです。


この日記から、16日後、土師淳君を、絞殺し、


頭部を、切断した真一郎君。


あおれを、ひとまず自宅近くにある入角ノ池の


そばの木の根元に隠しました。翌日、ポリ袋に


入れた頭部を自宅に持ちかえって、天井裏に


しまいこみました。少年は、性的な興奮を、覚えながら


自宅浴室で頭部に付着した木の葉や、泥を洗い落とし


綺麗にタオルで、拭き髪を、櫛でなでたというそうです。


そして、頭部を、友が丘中学校の正門におく前に


あまりにも有名になった犯行声明文を書いています。


この声明文を、淳君の開いている口に


くわえさせ、頭部を、校門に遺棄したそうです。





好奇心ノート


これが、その声明文、


さあ、ゲームのはじまりです

愚鈍な警察諸君

ボクを止めてみたまえ

ボクは殺しが愉快でたまらない

人の死が見たくた見たくてしょうがない

汚い野菜共には死の制裁を

積年の大怨に流血の裁きを


SHOOLL KILLER

学校殺死の酒鬼薔薇


難しい文です、、、


漫画からとった文もあるとかで。


また、これの説明は載せます。


今日のところはこの辺で、、、、





神戸連続児童殺傷事件

今日二回目です。


あと、もうひとつ更新しようと思っているのですが、


どうなるかは、わかりませんけれど、、、、


さっきの続き、、、、


H9・23


愛する『バモイドオキ神』様へ


朝、母が『かわいそうに。通り魔に襲われた女の子が


亡くなったみたいよ』といいました。


金づちで殴った方は死に、おなかを刺した方は回復


しているようです。人間は、壊れやすいのか


壊れにくいのか分からなくなりました。


つかまる気配はしません。


目撃された不審人物もぼくとかけ離れています。


これというのも、すべてバモイドオキ神様のおかげです。


これからもどうかぼくをお守り下さい。


という内容です。。。。。


さてさてさて、真一郎君は、分からなくなってしまったようです。


人間が壊れやすいのか壊れにくいのか。


けれど、それは、人間には到底判明できないこと。


理屈の上では、打ち所が悪いとか、急所が、運よく


外れていたとかだけれど、


深く考えると、とても難しい問題。。。。。


もしかしたら、日ごろの行いがよかったとか、


悪かったとか、神様が見ていてくれたとか、


それこそバモイドオキ神様が、通常死ななかった怪我を


打ち所が悪かったということのせいにして、殺してしまったのかもしれない。


けれど、ボクはそうはおもわない。


そう断言したのは、ボクが、無神論者だからとか、


中二病だからとかでは、まったくないし、


なんとなく思っていただけだから。。。


神は、いない。


ボクは、何の根拠もないけれど、


単純にそう思う。


このときの、彼は、どう思っていたのだろうか。


死ということを、、、、、、