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「西井企画DOUBLES(ダブルス)」。
久しぶりに懐かしいロゴを見つけた。

会社に入って3年目、大学時代から付き合っていた彼女との結婚を決めた私は、
当時一番仲の良かった友人に結婚の報告をしに行った。大阪府茨木市にあった彼の家から車で数分のファミリーレストランに行って話をしているうちに、話はどんどん大きくなった。当時某自動車メーカーの宣伝部で宣伝を担当していた彼は、当時某大手広告代理店のクリエイティブ(制作)部門で活躍して(すでにラジオCMでヒット作を世に送り出して)いたもう一人の友人を巻き込んで、「2人の結婚を(当時トレンドだった「CI(Corporate Identify)」活動に乗じて)「結婚告知広告計画」と銘打った企画を作り、それを結婚披露宴でプレゼンテーションしてくれる、ということになった。気がつくと私も企画する側に巻き込まれていた(自分から脚を突っ込んでいった)。

コンセプトはこうだ。
「西井企画」(当時私は大学時代から会社に入った頃)「西井企画」と銘打って、旅行やスキーツアーを企画しては、皆を誘ってあちこちへ連れて行った。大学祭も卒業旅行も何かと企画した。そこで、その「西井企画」が結婚することで社員が2名になり、社名も(2人だから)「西井企画ダブルス」に変える、そしてそれを結婚披露宴で大々的に発信する、と言うのだ。そしてそこから「西井企画ダブルス」の名前と上の「ロゴマーク」が生まれ、このロゴマーク入りのテレフォンカードを作って披露宴と二次会の参加者への「引き出物」のひとつとして配ることになった。「ロゴマーク入りTシャツ」も作り、それは新婚旅行先のオーストラリアまで持って行き、エアーズロックのてっぺんで。奥さんとペアルックで着て記念写真を撮った。
当時のその披露宴で配ったプレゼンテーションの資料やテレフォンカードは、大切に置いてあったが、どこかに行ってしまった。いや、きっとタンスのどこか奥深くに残っているはずだ。この時その広告代理店のクリエイティブにいた友人がプレゼンテーション資料の1ページ目に書いていた言葉は、その後の私の仕事に向かう姿勢の基となった。それはたしか、こんな言葉だった。
「すっぴんでも充分に可愛いから、それをより魅力的に見せるのが広告の役割です。」
まずは扱う題材の「「すっぴん」の魅力を一所懸命取材して会話して見つけ出し、それをより分かりやすく、魅力的に見せることに注力した。そして「言葉」や「写真」と、そのための手段を発展させて行き、最終的にたどり着いたのが「映像」だった。テレビCMのような莫大な制作費とタレント使用料やコピーライター費用をかけるのではなく、自分で取材して自分で台本を書き、短時間で撮影して編集して自前のWebサイトやYouTubeの公式チャンネル(「オウンドメディア」と言う)に掲載する。このしくみとワークフローを作った。仕事はやがて部署になり、居場所になって行った。そう思うと、あの時友人からもらった言葉が大きな転機と羅針盤になった。
「西井企画ダブルス」は今も活動中で、今は「片麻痺で高次脳機能障害」のオッサンの社会参加と仕事復帰」に向けたリハビリを文字通り「ダブルス」で挑戦している。ペアのかたわれが障害者になってしまったために、パートナーには多大なる苦労と負担を強いてしまっているが、
「ダブルス」にはいつの間にか子どもたちが加わり、心強い新メンバーに支えられて「ONE TEAM」として走り始めている。

「ゲームポイント、いや、トライ」を勝ち取るまで、進むのみだ。