この小説では音大を中退した主人公の周囲から取り残されていくぼんやりとした不安と, それに対してどうしたらいいのかもよくわからない戸惑いが感じられる。でもそれに対してどうにかしようと足掻いているわけでもない。流されるままに自分探しをしている姿にもどかしさを感じた。
主人公の友人の源元は才能もあって幼なじみの彼女がいる。主人公のバイト先の同僚の寺田は裕福で地元にはやっぱり彼女がいる。才能の面では源元に敵わず, 財力では寺田に敵わず, 彼女もいない。主人公は源元の彼女の潮里のことが好きだけれども手に届きそうで決して届かない存在。取り組んでいる小説も主人公自身の意志ではなく源元に勧められたから始めたもので身が入らない。少なくとも作中で夢中になって原稿を描いている姿は描かれていない。
周囲との差に苛立ちを感じながらもどうにもならない突き抜けた才能や境遇を持たない人間が周囲に取り残されていくのを半ば諦めを持って受け入れていくことになるのを暗示する不完全燃焼な結末が辛い。

