今回は猫の死のお話です。
分けて書きたく無いので長いし、文章ばっかだし、読んでいて気持ちのいいものでも無いですし苦手な方は戻って下さい。


うちの子の記録と、死の淵の状態について記録しておきたかったので書かせてもらいます



今までブログに書きませんでしたが、我が家には2匹の猫がいます。
まだ1人暮らしの頃、雨の中生後半年ほどのメスネコを拾った。

この頃はたまに脱走されていて、ある時お腹が大きくなってる事に気付いた!
動物病院連れてったら食べ過ぎと言われ食事制限をしてたが、ある時バイトから帰りいつものようにコタツに横になったら中から子猫の声がしたびっくり
(この動物病院はそれ以来行きません(笑))

合計5匹生まれて他の子は実家などに引き取ってもらったが1番アホなこの子はうちで世話する事にした。
それが今回亡くなったシロクロ(オス)です。


活発な子で高い所が大好き❤
私が横になると胸の上に座り、顔に頭突きをくれる可愛い子でした❤️
家によく来る客さんには愛想振りまき、うちの子の叩く、引っ張る攻撃にも耐える実はすごくいい子でした。




今年の5月19日、猫のトイレの砂に血が落ちてるのに気がついた。
母猫が1度膀胱炎になっている為、猫の特定を急いだらシロクロだった。
オス猫の方が危険な為すぐ病院へ。

病院でお薬をもらい、おしっこが溜まってる様子もなく家での投薬を開始。
砕いてウエットフードにかけて食べてくれたのでそれで様子を見ていたが一向に良くならず。。。


以下体重の減少メモ


ありえないスピードで体重が減少し、病院で点滴や注射、家では投薬としてきました。

背中の皮を少し引っ張り、皮の戻りが遅いと脱水症状を起こしている目安となるのだが、案の定脱水症状が出てた。

途中から薬や栄養剤を混ぜたご飯、っていうか、ご飯自体食べなくなり、1日4錠の薬を抱っこで飲ませていたが、毎日ともなると嫌になったのか威嚇して嫌がるようになり、注射器で水で薄めたのを飲ませたりもしたがうまくいかず最終的に思っいっきり指噛まれました。

その頃には私という存在は嫌な事ばかりする人って思われた様でほとんど寄り付かなくなりました。
それでもトイレの確認や寝床からほぼ出てこない猫を確認する為、猫と同じ部屋で生活してました。

刺身や、缶詰、時には鶏ガラでスープや、魚のスープ作ってみたが、長く続く食べ物は無かったです。

1番びっくりしたのが8月17日
病院から帰り、ゲージを開けると背中にハゲみたいのが出来てて薬の副作用かなって思ってよく見るとヌルヌルと血っぽくて診察時間外になってたが、病院にすぐ電話して再度向かいました。
5月19日から血が出続け脂肪、筋肉を栄養として生きてきたシロクロにはまさに骨と皮しかなく、皮を繋ぐ物がなく、皮が外れた様な感じだそうです。
それが皮膚が切れた際裂けて広がった。
ちょっとその時の事が衝撃的過ぎてよく覚えていませんが、だいたいそんな感じ。
中身が見えていたのが衝撃的過ぎた。
麻酔も、毛も刈る事も出来ずにそのまま押さえつけながら縫合してもらった。


カテーテルで、鼻から入れて胃に直接高い栄養剤を送り込む様になる。
20日の夜に管が嫌で自分で抜いていて、21日もう一度入れて貰ったが、とても詳しく教えてくれ、ただ自分でするのはオススメしないと付け加えられてたが、そーいう事なんだとなんとなく先生の言いたい事が分かった。
夜にはまた管を抜いておりそれからは自分で入れて、栄養剤入れたら管は抜いておいた。

首の皮膚が裂けたのはまだ治っておらず、カラーも出来ないようだ。

前回の皮膚が裂けた出来事で、もーダメなんだろうと諦めが強かったが、先生の説明やこれからの目標を聞く内にまだ頑張れる気になってた。

だが、それもあっという間でした。

22日まではフラつきながらもまだ自分で歩いていたが、23日の朝、栄養剤あげようと寝床を覗き込んだらひどい有様だった。

抱き上げた時、状態を見て覚悟を決めた。
この日はもう動けないシロクロと静かに一緒に寝た。


24日シロクロの顔に手を当て、まぶたを閉じれるようにしながら一緒に過ごした。
シロクロも手に顔を押し付け少し嬉しそうだった。
痙攣を起こす度に激しく動くので、顔から手を離し背中をさすりながら言葉をかけた。

夜にはさらに痙攣がひどくなり、痙攣の度に漏らすおしっこを拭き、好きだった〈ちゅーる〉や糖分の高い砂糖水などを注射器で口に含ませた。

朝方、嫁や子供が部屋に来てから痙攣の後、吐くような仕草の後亡くなりました。


まるで最後にみんなとお別れする為に頑張ってたようでした。。。






今回の事で私自身、嫁も無理な延命は望んで無かった、そしてそれを理解して先生も対応してくれていたが、どこからが延命になったのかいまだに分からないです。
私が諦めた時まで、元気になる姿を思い浮かべて頑張ってました。先生はもっと先でも諦めなかったかもしれません。嫁はもっと早い段階で諦めてたかもしれません。

治療を望まなければもっと安らかに眠れたかもしれません。
結局、病気の正体は分からずじまいでした。
一時少し元気になったり、後半血も治まったりした事もありました。

最後まで苦しそうにしていたシロクロが眠ってくれた時、少しホッとしてしまう自分がいました。

それと同時にやはりもっと上手く対応出来なかったのか?他にもできる事があったのでは?余計な事をしなければもっと楽に最後を迎えれたのでは?とか考えてしまいますが、答えも出ないし、今更考えた所でシロクロは戻りません。

そしてその答えはたぶんみんな違うと思います。
どこまで割り切れるか、誰を1番に考えるかだと思います。
次こんな時、私はまた同じ事をするかもしれないし、違う答えにたどり着くかもしれません。

それと、多頭飼いしているとトイレでうんち、おしっこをどっちがしたのか確認出来なかったり、薬入りのエサを置いておくともう1匹が食べようとしたりで、各々の隔離が出来ない多頭飼いの難しさを感じました。




シロクロ
2004年5月24日〜2018年8月25日
14年間とても楽しかったし、生活にハリ、癒しをたくさん与えてくれた子でした。
ふわふわの毛に、いつも胸の上に乗っかってくる重みが幸せでした。

あの後、たくさんのお花や、好きなおやつで飾られ、お経を唱えてもらい、火葬し今は部屋に帰ってきました。
気がすむまで部屋の中でみんなを見守っててね。
もー自由だからいつでも部屋抜け出していいんだよ。
今までありがとう
バイバイ!またね