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夕方になって予報通り雨が降り出した。雨

気圧が変わると、普通は頭痛とかすると思うのに。

今日はスッキリ。ニコニコキラキラ

快調音符

バス友達も治ったて言ってた。

前のパターンにやっぱり似てるな。ガーン



ベランダの薔薇たちも次々と元気に花開き始めている。ドキドキ


もうすぐベランダ薔薇園が開園されそう。音符

今放送されているNHKのニュース。


原発の作業員の内部被爆の心配について放送している。


ずさんな作業の指示についてNHKで放送するということは、作業員の被爆の恐れがいよいよ本格となってきたということだと思う。



この杜撰さ。


しかも格納容器に穴があいていたニュースも一緒にされていたし。




どこまでいくのかね。





ちなみに内部被爆について。


長いので、先日載せた日記より。




http://plaza.rakuten.co.jp/Nirvanarai/diary/201105180001/



今日は快晴晴れ

晴れると気持ちいいね。音符


富士山へ行って。
山梨と静岡の神社に参って、その後ひと段落していた。


旦那から「次は何処に行く?」と聞かれても、何も浮かんでこないくらい落ち着いてた。


行く所があれば浮かんでくるんだろうな、と思いつつひと月近く。

何も浮かんでこなかった。


それが急に浮かんできたのは、鹿島神宮。

あそこには要石があるんだよね。

北陸の大穴持神像石神社の地震石みたいに。


わたしのマイミクさんでSkype仲間の関西の友人が、震災前に気になるって言っていた所。


それが最近やけに気になってきた。

地震が止まないからかな~。


旦那さんに

「鹿島神宮に行きたいんだけど。」

と言ったら

「行かないよ!」

と即答。ショック!

大体いつもは、最初は渋っても連れて行ってくれるのに。

今回は絶対行かないって。ショック!ショック!

「止めたほうがいい。」とまで。


今まで反対されたことが無いので珍しい。

話の最中に、茨城で二回も地震があった。

このタイミング。

何だろうな。



行かなきゃいけなければ、ゾクゾクが強くなるだろうし。


少し様子見しよう。

地震止むといいな。

楽天ブログで突然写真が貼れなくなった。


メールで質問したら「三ヶ月ごと自動継続される有料会員が、解除されている場合があります。」


「再度有料会員の手続きをしてください。」


3月にもしっかり会員費用を引き落としていたのに何故?シラー


う~ん。辞め時なのかな~。


写真が貼れなければつまらないもの。


どっちかといえば写真が中心の日記だからね。



少し考えてみよう。



考えてみるのは、もう一つ。


やっと明らかにしたメルトダウン。


何しろ地震の翌日に爆発していたからね。


よく今まで白々とごまかしていたものだ。


嘘をつききれなかったのか、時期をみていたのか。



放射能は関東も神州(信州)も覆っていた。


近所にも鼻血が止まらないといっている人もいた。


放射能の影響じゃないとは言い切れない。



5年後、10年後。日本はどうなっているんだろう。



放射能に汚染された大地と水。


土壌から放射能が吸収された野菜や果物。


果たして日本の食べ物が食べられていけるんだろうか。



そして人間は。


津波や地震。そして放射能。


日本はたいへんな禊払いを迎えている。



参考に。


放射能について。


http://plaza.rakuten.co.jp/kagoshimalife/

カガリさんの日記に取り上げられていた日月神示。

その解釈が中谷伸一さんと一味違って、ふむふむと読んだ。

解釈よりも気になったのが「多くの人は霊的に寝ている」の文。


確かに寝てるかな。


大震災で被害を直接受けた人は、寝てる暇なんかない。

霊的にも起きて、生身でも生きていかなきゃいけない。


寝ているのは、周りに住んでいる者。


何とか手を差し伸べたい思いと同情の思い。


でも、それとは別に自分の日常の生活がある。


昨日の続きで今日を過ごし、その続きで明日を過ごす。


ひと月前とふた月前と、半年前と根本では変わらない日々。


地震が自分の所に来たらいやだな、と思いながら、多分来ないだろう、と日常を送る。


気になるのは、子供の成績や、対人関係、こなさなくてはいけない仕事の段取り。


目をあけて動いている、自動人形のよう。


現実が、隠されている水面下で起こっていることが見ているようで見えていない。


終末映画がもしかしたら現実に起こっているかもしれないのに。



究極の時が来たとき、どれだけ動じずにいられるか、常に自分に問いかけてゆきたい。


その時を、泰然と。泰然と。


今生を最後にするならね。

わたしへ。