ティルナノーグの錬金術師

アニメを見たのは10年以上振り

会社の後輩が『めっちゃ良いアニメですよ』『今からでも見るべきです』と言っていたから観た。高校生と青春とタイムトラベルのお話だった。

 

 

後輩が言ったように良いアニメがしっくり来る。これは本当に良いアニメです。

そして作中で何度も繰り返し登場する『Time waits for no one.』というメッセージが見終わってから心に沁みる・・・。名作アニメとしてやたら名前を見かけるのはこういう事だったんですね。

 

内容について語るのは今さら過ぎますし、中途半端に文章で知るより見た方が絶対良いので良かったらこの機会に見て下さい(笑)

それよりも今回語りたいのは作中で最も感動的で重要だと言っても良い場面、真琴と千昭が最後の別れ際に『未来で待ってる』と千昭は言い、『すぐ行く、走っていく』と真琴が答えます。二度と会えないであろう別れなのに再会できるのを確信しているような台詞なんですよね。

このシーンに対してネット上では様々な考察が飛び交っておりまして、これほどの名作なのに一番重要なシーンでは見る人によって解釈が異なるというショーシャンクの空に状態となっています。

 

ただ一応、有力視されている説は固まっているそうで、それは千昭が見たかった絵を未来に残すという説なんですね。肉体としてはもう会えないけど心を届けるという、聞いただけで号泣しそうな説です。

 

私も最初はそう思っていたんですが、食事しながら頭の中で振り返っていると辻褄が合ってない部分が幾つかあるなと思いまして最初から整理してみたら違う視点が浮かび上がってきたので書いてみたいと思います。

 

 

※ここから私なりの考察なので可能性の1つとして捉えて下さい。

 

・絵を残す説について

まず最初にネット上で有力視されている絵を復元して未来に残すというのは、同じような経験をした芳山和子(魔女おばさん)が選択して既に実行しています。

その芳山和子は真琴に対して『貴方は私みたいなタイプじゃない、走って迎えに行くのが貴方でしょ』と助言をする。

そして千昭と別れのシーンで『未来で待ってる』と言う千昭に対し、真琴は『すぐ行く、走っていく』と返しています。

芳山和子の助言や真琴の発言からすると芳山和子とは別の選択をしたと考えるのが妥当ではないでしょうか?仮にそうだとしたら真琴は何をやろうと決意したのでしょうか。

 

・タイムマシンの存在

真琴が作中でずっと使っていたのはタイムリープですが、終盤になって能力の持ち主である千昭がタイムトラベルによってやってきた未来人である事を明かします。それと同時に千昭はタイムストップや瞬間移動という能力も使ってみせました。さらに千昭が居た時代ではタイムマシンが存在していると言い、回数制限のある使い捨てバッテリーを真琴に見せています。

 

・テストや進路のシーンが多い

何度も出てきたテストと進路についてのシーンがここに繋がってきます。

文系か理系、真琴は最後のセリフで『やりたい事が見つかったんだ』と言います。恐らく彼女は理系に進み科学者となりタイムマシンを作って自分から会いに行くつもりなのでしょう。

待つ(残す)という選択をした原作主人公の和子、行くという選択をした映画版主人公の真琴。このような対比を演出したのかもね、と家族と話していたら『じゃあ和子も救われる事になるね』とか次にどんどん繋がっていって全然終わりませんでした(笑)

 

とにかく無駄なシーンが一切無い素晴らしいアニメでした、また見返したいと思います