お盆休みに入る前に、前回の続きを書いておきましょ。
海事資料館を出る時に、管理人さんが・・・・
この暑い!!夏に、ぴったりの!!冷!!とする話を
してくれました。
入り口にある、何の変哲もない鳥居・・・
昔、この村の女の子が、どうしてか・・・・20歳になると、亡くなって
いたそうです。
この鳥居がない頃は、海に行くための道があり、あまりにも、
不幸が続くため、この場所を掘り起こしてみたら・・・・
刀や鎧、お茶碗などが、たくさん出て来た・・・
という事でした。
色々と調べた所・・・これは、戦国時代に、起こった
「大友対島津」の合戦に、土佐から応援に来た、「長曽我部」の
落ち武者の遺品だと判明したので、祠を作って、手厚く葬った所、
それからは、死人は出なくなったとか・・・・
かれこれ、400年前の合戦の出来事なんですが、やっぱり
各地に色々と傷跡が残っているもんですね。
おかげで!!少し!!涼しくなりました♪
さてさて、管理人さんに、別れを告げ、僕らは、目的地の
再東端の地へやって来ました。
とりあえず、記念写真を・・・・
ここは、単なる再東端の地という事ではなく、この半島自体が
戦時中の要塞になってまして、この灯台も、その戦争遺跡の
上に立っております。
色の違いで、はっきり、分かりますよね。
ちょっと・・・見方によっては、「天空の城、ラピュタ」に見える
かもしれませんね。
昔は、この灯台の下は、展示施設があったり・・・売店が
あったりしたのですが、今は、チェーンが、かかっており
廃墟と化しております。
すると・・・とっつぁんが・・・・
「裏口が開いてるぞ~♪」というので・・・・
なんで、表は、チェーンをかけてるのに、裏口は、鍵もかけて
ないんでしょうね。
あ・・・・何か、懐かしい感じがしますね。
その当時は、佐伯出身の「富永一郎氏」の原画が飾られて
おりましたね。
不法侵入で、捕まらないうちに、記念写真を撮って、出発
しましょうかね。
今度は、少し離れた「丹賀ミュージアム」という所へやって
来ました。
ここでも。自分達が延岡から来た事を話しますが・・・・
良いから・・・良いから・・・・と、笑顔で受け入れてくれました。
感謝!!です。
ここも、やはり・・・戦時中の要塞跡です。
banditsのツーリングでも何度か来ておりますが、ここは
「戦艦伊吹」の大砲を、この丘の上に、設置して、豊後水道に
入って来る、米軍戦艦を攻撃しようとした場所です。
しかし、試射で暴発して、若い命が16名、亡くなって本番には
至らず・・・という所です。
ちょっと、分かりにくいですが、これが原寸大らしいです。
手前の長方形の形が大砲の筒ですね。
みんなが立っている所が動力部や台座という事になります。
では、内部に入ってみましょう。
入場料¥200円を払って、ケーブルカーのゴンドラで、上がります。
中に入ると、通路があり、その当時の写真が飾ってあります。
ひとり、ひとりの顔を見ると、あどけなさが、まだ抜け切っていない
少年達です。
将来の希望のある少年達が、親を残して天国へ旅立ったの
でしょう。
現代では、絶対、考えられませんね。
後で聞きましたが、出身地が分からず、まだ、入り口の碑の
下に眠っているそうです。
ここが、動力部や台座が入っていた所です。
では、登ってみましょう。
ここまで、登って来ると、つづく砲台の大きさを感じますね。
そうですね、この方角に敵艦を狙っていたのでしょうね。
視界が良いと、四国が見えるのですが、今日は、ガスが
濃ゆくて、残念ながらみえませんでした。
入り口の壁です。
これは、当時のまま、だそうです。
そして、このデコボコの壁は、普通にコンクリートを塗ると、
太陽の光で光ったりすると、上空から見つかり安いので
光らないようにと、こういう形うをしているらしいです。
何度も来ているのですが、初めて聞く話も、あったりと
今回は更に勉強になりましたね。
あまり繁華街には、行かない方が良いのですが・・・
ちょっとだけ、ランチをしました。
延岡ナンバーを見ると、嫌悪感を感じるのではないか・・・
と、ちょっと気兼ねをしました。
出がけに、店のお姉さんが、「ベイク旅ですか?」と
聞かれたので「うん!でも、充電は、せんけどね♪」と
返したら、大ウケ!!でした。
さてさて、毎度の事ながら、遊び過ぎて、時間が押して
来ました。
そろそろ、帰りましょうか?
とっつぁん!!楽しめたかな?
そして、少しは元気が出たかな?
状況は、最悪です!!
私の店も売り上げは、最悪です!!
でも、これは、世界的な事で、個人レベルでは、どうする事も
出来ません。
とにかく、前を向いて、歩きましょう!!
心が、しぼむのが、一番、いけません!!
「希望と勇気」です。
自分にとって、「気持ちの良い」時間を作って頑張りましょう
























