Nipponia's Bar
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Je te veux

Je te veux お前が欲しい


カランダッシュという色鉛筆をご存知ですか?
カランダッシュは1924年、ロシア出身のフランス人画家エマニュエル・ポワレの
雅号の名を冠してスイスで創業した鉛筆メーカーだそうです。

とある文房具店のPOPによれば、
赤の発色がよく、「花を描くため」の色鉛筆だそうです。

一方画材売場で双璧をなすのがファーバーカステル。
1761年ドイツでカスパー・ファーバーが鉛筆の製造を始めたのが起源。

こちらは「森を描くこと」にこだわった色鉛筆なのだそうです。

カランダッシュの箱は赤やオレンジ、黄色など花の色彩にあふれ、
ファーバーカステルの箱は深い森の緑と蒼が印象的です。

暖かく美しい南仏の風景を描こうかな?
それとも黒い森の爽やかな夏を描こうかな?

色鉛筆一つとっても、それぞれの文化が色濃く反映されていますね。

ちなみにうちにあるのはカランダッシュのSUPRACOLOR SOFT。
それではあなたにバラを描きましょう。

Nipponia's Bar-bara

「マリアのへそ」を見ました

今回ご紹介するのは「マリアのへそ」



フィリピンはマニラのストリートで暮らす家族の日常と、
その周りで起きる事件をドキュメンタリー的に描いた物語。

よく、ストリートチルドレンは貧しいけれども、
日本で失われてしまった笑顔を持っている、とか言われる。
だから発展途上国の子どもたちは魅力的だ、と。

もちろんそれに反対する向きもあろう。
途上国の幸せなんてキレイごと。
過酷な現実があるじゃないか、と。

しかし、その現実は今はおいておこう。
この映画が子どもたちの笑顔を通して世に問いたかったことは、
幸せの概念がいかに豊饒であるかということではないか。

盗んできたリンゴを家族で平等に分け合うこと。
生活のため盗みを働こうとして怪我をした父親のための金策。
病院で父と触れ合う時間。
日常の一こま一こまが丹念に描かれていく。

車いすのターニャとアラニオの視線の交錯、
母探しのストーリー、兄妹愛、
心にさざ波が立ち、そこはかとない幸せ感、
切なさに包まれる。

この映画にはいくつかの幸せ概念が包まれているので、
ここでいくつか整理しておこうと思う。
①家族の愛。
②盗みもする、喧嘩もする、貧しい。しかしそれを悪として退ける
 小市民的道徳を超えて全てを肯定する、世界に対する愛情。
③教育を得て階級の上昇を果たすという、現実的希望。

惜しいのは、これらを全て詰め込もうとして若干展開が
単調になってしまったことか。もしかすると、
インタビューを交えたドキュメンタリー形式にした方が、
スパイスが利いて単調さからは逃れられたかもしれない。
しかし、完全なドキュメンタリー形式にしてしまっては、
幸せ概念の豊饒感は失われる。ここは自分が感じるジレンマ。

ラストでは途上国の圧倒的な現実が、
ここまで延々と書かれてきた幸せを淡々と覆す。
生死が人間に近い途上国の社会では、
一人一人の人生は大きな河の流れの中で
相対化されていくものなのだろうか。

音楽の美しさ、丹念に描いた細やかな愛情表現は
とても魅力的。音楽は夢を見てるみたいですよ。
ぜひ一見をお薦めします。

ノマドワーキング


ノマドワーキングという言葉がある。

ノマドとは遊牧民の意味。

iPhoneやら無線LANやらが高度に発達した現代では、

仕事をするためにオフィスという場所に

とらわれる必要はない。

すべてのファイルはネットワーク上にあるから、

回線につなげればどこでも仕事ができる。

これを遊牧民にたとえた言葉。

公園と小さなSOHOオフィスで仕事がしたい。

いつも愛する人の顔を見ながら仕事ができますからねぇ。

というわけで、実現に向けて粛々と動いております。

仕事道具としてはMac Book Airがほしいです。

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