では、前回の続きを書いていきます。前回、基本的に自由貿易を推進した方が経済効率は高まるし国民の厚生も上がる。自由化で影響を受ける生産者に対しては補助金で対応すれば良い、という話をしました。しかし、自由貿易をやりすぎれば食料などの自給率が低下して安全保障が脅かされるのではないか、と考える方もいるかもしれません。今回はこの「自給率」というところから話を進めていきたいと思います。

 

 農林水産省のホームページを見てみると、「我が国の食料自給率は、長期的に減少傾向で推移しており、先進国中最低水準となっています。〜 食料の安定供給を確保するためには、食料自給率・食料自給力の維持向上を図ることが必要です。」と書かれてあります。日本の食料自給率は現在カロリーベースで38%と、確かに国際的に見て低いのかもしれません。が、「食料の安定供給を確保するためには食料自給率の向上が必要」というのは、果たして本当でしょうか。例えば、投資の話から考えてみましょう。普通、投資をする際はまずリスク回避(リスクヘッジ)を考えますよね。高リスクと言われる新興国の株式に資産を全て突っ込んで暴落でもしたら損失が大変なことになるので、それを回避するため国内、先進国、新興国、さらに株式、債券、不動産というように投資先を多様化させることでリスクを分散するわけです。その方が低リスクで安定的に運用収益を確保することができるからですよね。食料供給もこれと同じ話です。国内に食料の調達先を集約化して自給自足をするよりも、輸入ルートを多角化し調達先を複数確保した方が、リスクが分散され食料の安定供給に繋がるというわけです。

 

 よく考えればそうですよね。自給率が高かった江戸時代なんかは、江戸四大飢饉とも評されるように国内の天候不順や自然災害などで飢饉が多発しましたし、この時代は玄米に代わり白米が普及したことでビタミンB1欠乏症である「脚気」が国民病として流行し、「江戸患い」とも呼ばれました。また、スターリン時代のソ連や毛沢東時代の中国、ポルポト時代のカンボジアなども国家による農業の生産・流通の管理体制を敷き自給自足をしていましたが、結果は大量の餓死者や栄養不良者を出すことになりました。最近では、1993年に記録的な冷夏によって日本は深刻な米不足に陥り、タイ米などの緊急輸入を繰り返すことでなんとか乗り切りましたが、最初からコメの輸入を自由化していればこのような危機も起きなかったでしょう。食料を安定的に供給し国民の栄養状態を向上させるには他国とできるだけ貿易して調達先や栄養源を多様化させた方がずっと良いのです。

 

 

 そもそも耕作や収穫に必要なトラクターやコンバイン、農産物を輸送するためのトラックなども海外から輸入される石油で動きますし、作物の種子や肥料、家畜に与える飼料なども多くを海外からの輸入に頼っているため、食料だけ国産にしたところで完全な自給自足などできません。食料自給率そのものの定義も日本は曖昧で、農水省はカロリーベース自給率、つまり国民が摂取する熱量(カロリー)に対する国内生産の割合を基に自給率を割り出しているのですが、農業ジャーナリストの浅川芳弘氏によると、このカロリーベースでの計算方法を採用している国は世界でも日本だけとのことです。日本の農業が強い分野は米や野菜などカロリーの低いものが多いので、カロリーベースで計算した場合はどうしても自給率は低く出ます。しかし国際標準の計算方式である生産額ベース食料自給率、つまり国民に供給される食料の生産額のうち国産分の割合を算出した場合は、66%と先進国の中でも決して低すぎる水準ではありません。日本の農業生産額は世界8位ですし、市場規模で見れば日本の農業は決して弱くはないのです。

 

 

 エネルギー自給率に関してもそうです。2011年の東日本大震災時には福島第一原子力発電所の事故や火力発電所の被災によって電力の供給不足に陥り、多くの電力会社が長期にわたる節電要請を行い、東京電力や東北電力は数度の計画停電や電力使用制限令なども実施することになりました。これは日本の原発頼りの電力供給体制の脆弱性が露見した一件とも言えます。エネルギーに関しても、まだ技術の未成熟な再エネやリスクが高く規制基準の厳しい原発を進めて自給率を高めるよりも、今は自由貿易を推進して燃料の調達先や電源を多様化させた方が、電力供給体制の基盤強化につながり、国民の生活も安定するでしょう。

 

 食料にしろエネルギーにしろ、このような「自給率向上キャンペーン」は国の安全保障のためというより、農水省や経産省の予算拡大や利権のために利用されている節が大きいです。輸入を途絶えさせられたらどうするのかと思われるかもしれませんが、世界には何百と国があるのでその際はまた別の国から調達すれば済む話で、相手国にとっては貴重な顧客を失うことになるだけです。国内での完全な自給自足を目指す必要などなくて、むしろ自由貿易を拡大して調達先を多様化させた方がリスクも分散され安定供給に繋がります。ですので食料やエネルギーの安全保障のためには農水省や経産省よりも外務省に頑張ってもらって、取引先を拡大してもらう方がよっぽど効率が良いでしょうね。

 

 まだ最後に書きたいことがあったのですが、今回も長くなりすぎたので次回にそれを書きたいと思います。それでは〜