川の流れ

ビッグシップ(大船)には柏尾川と言う川が流れている。
あまり綺麗な川ではないが、かといって汚くもない優柔不断だけども優しい川だ。
俺は良くその周辺を散歩する。
あーでもないこーでもないとブツクさ言いながら川を眺めては一人悦に入るのだ。
川は水の流れである。
水は重力に逆らう事も無く従順に下方の海へ流れていく。
そんな水の流れを見ているとなぁんだ自分自身も同じなんだねと気づかされるのだ。
よく今の生き方を自分自身で嘲ったり、社会に上手い事迎合出来ず不安ばかりを先行させて木から落ちかけた猿の様に焦っている人がいるが、たかたが生まれついて何年何十年程度の間に培った自己の同一性に後ろから蹴りを入れられてツンのめってアタフタしてる事のバカらしさはこれ以上無い位無駄な事に思える。
君や俺の細胞には始まりも終わりもない位途方もない永遠の記憶が刻まれているのだ。
川の流れに例えるなら、偶々風が吹いたか小石が落ちたか魚が跳ねたかで出来た波紋か飛沫の一粒みたいな物なのだ。
けど水は何の滞りも無く流れ海に辿り着き、雲となり雨となりまた流れる。
つまり自分自身の認識なんぞはこれっぽっちも重要ではないのだ。
そんな事に精を費やす時間があるのなら、鼻でもホジりながら空を眺めて、あ!飛行機だ!なんて言ってる方がよっぽど利口じゃないだろうか。
別に厭世的な話をしてるワケじゃない。
ただ無意味に自分に追い込まれ、自分自身、つまり内奥の意志とそれに伴う認識を無駄に見失う事の無意味さと危険を言っているだけ。
あせるな。
ゆっくりやれ。
時間と不毛に争うな。
認識と格闘しろ。
これが俺のテーマです。
バイバーイ
シンジ

