電球はじめに


この記事はとってもとりとめのない雑談です…。

3人目妊娠を考えていたら色々昔のことが思い浮かんできてしまい……。

1人目を育てる中で、自分の母親としての愛情に自信が持てず、2人目を妊娠するまでの葛藤や不妊治療のことなど書いてます。


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第1子は病院で足形を取ってプレゼントしてくれるサービスがあったのですが、

第2子の病院はそういうサービスがなく、

新生児期の足形取れてないんです。


写真見返す度に
「なんて小さい小さい手足なんだろ…
なんで足形取らなかったんだろう」

と、今更悔やんでますガーン

そういえばへその緒もどこに行ったんだろ。
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こちらでも書きましたが我が家は3人目は迷い中。

まさか自分が3人目で悩む日が来るとは。


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1人目のときは
「結婚したら子どもがほしい」って漠然と思ってたので当然のように妊活したんです。
実家が幸せな家庭像とはかけ離れてたから、幸せな家庭を自分で持ちたかった。


でも、なかなか授からず不妊治療へ…。
タイミング法を試すも上手く行かず、治療をお休みしてたところ自然妊娠しました。
(もしかしたら卵管造影後のゴールデン期間にあやかれたのかもしれません。)

妊娠期間中はつわりはあったけど幸せだった。
私もきっと幸せな家庭がつくれる!って。

でも、生まれてみたら思ってたのと違ったんですよね。。

かわいいだけじゃない。
というか、かわいいとかかわいくないとかじゃない…。
必死でした。

疲れ切ってたし、
一人の時間がほしい。
親に遊んでもらった記憶もなく、子どもとの関わり方がわからない。

私が抱いても赤ちゃんは泣き止まない。
きっと私がダメな母親だから泣き止まないんだ。

なにをしてても
「母乳がたりない?」
「赤ちゃん笑わないけどおかしい?」
「泣いてばかりなのはなんで?」
「私はちゃんと母親をやれてる?」
「そもそもちゃんとした母親とは…?」


周りの目や、子どもの発達ばかりが気になって、全然育児を楽しめなかった。


もともと仕事が好きで、繁忙期終電で帰るのも苦じゃなくて…男性並みに評価されるのも当然って価値観でした。
それが災いし復職後は育休前の自分とのギャップにも苦しんだ。


2人目のことは常に頭にあったし治療はしてなかったけど妊活は常にしてました。

でも「絶対2人目がほしいのか」
って聞かれたら私には分からなかった……。

地域柄一人っ子が珍しいのもあり
なんで皆は当たり前に子どもを2人、3人と持つんだろ…
2人目がほしい"理由"ってなんだろうって理由探ししたりして。

夫は2人目希望していて希望理由は
「(第一子が)1人じゃさみしいかなって」
でした。

それに対して私は
2人目は1人目のために生まれてくるわけじゃないよ?
なーんて屁理屈返してました。

振り返ればただただ、自信がなかっただけなのかな。
母親としての自信というか…子どもを愛せる自信が…。

自分の年齢も夫の希望もあるし、なんとなく不妊治療を再開。
卵管狭窄と診断されFT手術も受けました。
この頃は気分によって2人目がほしいと思ったり、やっぱり私には1人で十分と思ったりで、決断できず。

治療しても授かれないいう現実を直視したくないから
「そこまで2人目ほしいわけじゃないし」
なんて予防線を張っていたのもあるかも?

で、FT手術後のタイミング法も駄目で、いざステップアップ(人工授精)!ってなったらまた考え出してしまったんです。
「そこまでして2人目がほしいの…?」って。

そうして、せっかくFT手術うけたにもかかわらずそこからまた半年以上治療をお休み。

そんなとき私にとってのある出来事が「2人目がほしい」という自分の本当の気持ちに気づかせてくれました。

その後2人目を授かり出産。


とっても可愛いです。
1人目の時とは違う。
違うというのは、1人目が可愛くなかったってことじゃなくて私が違うってことです。
曲がりなりにも1人経験してるんで、母親として多少はパワーアップできてました。

そして改めて感じているのは
・1人はとっても可愛かった。でもそれに気づける余裕が私になかったということ。

・私は母性をもてない人間だったわけではなく、1人目の時も一生懸命育児していたこと。

・「かわいいかわいい〜ラブ」っていうわかりやすい愛情ではなかったかもしれないけど、1人目を確かに愛していたこと


ということです。


そして今三人目を迷うほどに育児が楽しいです。

帝王切開瘢痕症候群がどうなるかはわからないし、仕事復帰したらやっぱり妊娠どころじゃない!ってまたなってしまうかもですがアセアセ

悔いのないように2人を育児して…
とりあえず第二子は今からでも足形をとろうと思いますスター