結婚する前は思いました。

例えどんなことがあってもこの人を守るぞ、と。

この人と一緒になれるなら、どんな困難だって乗り越えられるぞ。
どんなことだって我慢できるぞ。


しかしそんな覚悟はただの妄想だったと激しく打ちのめされる、それが愛着障害のパートナーを持つ者の日常であります。


妻が言いました。

この愛着障害を乗り越えるには、あなたが必要だ、と。
あなたの協力がなければ克服することはできない、と。


こんなに嬉しいことはありません。
誰かに必要とされている、それは生きる上で大切な活力となります。


しかし、途端にその土台を揺るがされます。


妻が言います。

あなたとの未来が思い描けない。
あなたと一生いるつもりはない。
なぜあなたと一緒になったのかわからない。
なぜあなたが私と一緒にいるのかわからない。
あなたのことが信用できない。


こうなるともはや私に残された道はスピリチュアルで言う所の見返りを求めない『無償の愛』を捧げるしかありません。
いつか私の元を離れていく妻のために身も心もボロボロになりながら尽くしていくしか。。。

これを毎日のように聞かされると、この言葉が本心からのものなのか、愛着障害によって出てきたものなのか、まったく判断がつかなくなります。

何か妻の気に触ることがあって、そのイライラを私や子供にぶつけてきます。
私はできる限り穏やかに、そこはそんなに怒らなくても大丈夫ですだよね、と落ち着かせようとします。

でもこれもNGなのです。
否定してはいけないのです。
なので決まってこんな言葉が出て返ってきます。

『わかってるよ。でもイライラの原因はそこじゃないからね』

もはや私の存在そのものがイライラの原因になっているとでも言わんばかりです。



愛着障害を持つ人は、0か100か、です。
その中間はありません。
そして自分の考えに固執します。
自分の考え方が100%正しいと思うことでなんとか不安定な自分を安定させようとするためです。

『考え』というのは、無数に存在しているモノであって、決して考え自体が自分自身ではないのですよ、と言ったところでまったく通用しません。

例えば子供を寝かしつけている時に、疲れていて一緒にウトウトしてしまったとしましょう。
ハッと気づくと寝室に妻の姿がありません。
起き出して居間に行くと本を読んでいます。
そして寂しい、と訴えるのです。

そう、妻の中では私は妻をほっぽり出して一人で勝手に寝てしまった、という解釈が走るのです。
私がいくらあなたが必要だと訴えても、私のことなんかどうでもいいのね、と信じ込んでしまうのです。
疲れていても寝ることさえ許されないのです。

そして今日も夜がやってきます。

愛着障害を持つ妻は、ゼロか100かの人です。

非常に神経質であることも愛着障害の特性のひとつだそうです。

 

逆に私は非常に中庸な人間といいますか、日本人の特性である曖昧さを基本に生きているような感じなので、ついつい妻に臨機応変さを求めてしまいます。

 

しかしこれは愛着障害に対しては絶対的にNGなのです。

とにかくまずは話をしっかりと聞いてあげること、まるでエンデのモモのようにとにかく聞くに徹するということが重要なのです。

 

が、多分に漏れず男という生き物は結論を急ぎがちです。

話の途中で言いたいことがわかってしまうと「それはこういうことだよね?」「じゃあこうしてみれば?」と口をはさんでしまいます。

すると妻は猛烈に反発します。

違う!私が言いたいことはそんなことじゃない!どうして話を聞いてくれないの!?どうしてあなたは理解してくれないの!?

 

……でも最後まで話を聞いてみても、やっぱり思った通りだったりするわけです。

そこでまた「やっぱりこういうことだよね?」なんて言おうものならもう大炎上です。

妻はなんとかして「理解してくれない夫」「理解されない私」になろうとします。

することこちらもまたヒートアップして論理的に解説しようとしたりするという悪循環に。。。

 

と、ちょっとタイトルからそれてしまったので日常について。

 

例えば妻が言います。

「家事の3割はやってくれ」と。

いや一日の大半を会社で過ごし、ヘトヘトで帰ってきた私に3割も家事をやる時間などありません。

それでもと疲れた体に鞭を打ちながら子供がちらかしたおもちゃを片付け始めると「今それはやらなくていい」と言います。

それではと食器を洗い始めるとうるさくて眠れないから止めてくれと言います。

 

もう少し早い時間や休日ではどうかというと。

まず食器をシンクに入れますよね。

するとその重ね方が悪いと怒られます。

私が洗いやすいように重ねているつもりですが、それが妻には気に食わないのです。

 

その場をなんとか取り繕って洗い物を始めます。

洗った食器を水切り台に並べていきます。

するとその並べ方が悪いと怒りだします。

 

そうなのです。彼女の中では0か100なのです。

3割の家事をやってくれと言っておりますが、それは100%、彼女の好むやり方でこなされなければカウントゼロです。

時折確認するように「いつも家事の3割はやってほしいと言っているのに」と言ってくるので「昨日だって皿洗いやったじゃん?」などと言おうものなら

 

「はあ?あれでやったつもりでいるの?」

 

はい、カウントされていませんでした。。。

 

そして挙句の果てには「もうやらなくていい」と言い放ちます。

私もトラブルは避けたいし、もちろんやらなくていいならやりたくないので、本当にやらないでいると、それはそれでやはり怒られます。

 

「私のやりたいやり方でやらせてくれ」と何度も懇願したことがあります。

もちろんそれは通りません。

賢い主婦の方なら、旦那が少しでも家事をやってくれるなら、たとえそれが80%の出来であっても、褒めておだてて継続させるという手段に出そうなものですが、妻は褒めたりおだてるということができません。

 

実はこの相手のやる気をガンガン削いでいくというのも愛着障害の症状のひとつ。

それがこの本でパアアアアァァァッと明らかになったのです。

 

 

このおかげでほんのわずかにではありますが、私も救われました。

ああ、これは私がズボラな性格なせいだけではなかったのだ、と。。。w

 

もしパートナーが同様の行動様式を示しているようなら、ぜひ一読することをオススメいたします。

もっともこれを読んだところで解決するわけではありません。

これをもってようやくスタートラインに立つことができるのです。

 

ぶっちゃけ離婚も何度も考えました。

というか今も脳裏にチラチラと浮かびます。

妻がいなければどれだけ心に平安がもたらされるのかを考えると、本当にその方が楽だと思います。

じゃあなんでそうしないのか、と聞かれると……なんででしょうねぇ。。。

前世の因縁でしょうかw?

 

いつかこれを家族で乗り越えられる日が来ることを信じながら、これからもポツポツと書いていきます。

書きたいことが山ほどあって、逆になかなか書き進められないのですが、愛着障害というものについて簡単に説明をしますと。

 

 

こちらを読んで頂くのが手っ取り早いのですが、とにかく幼少期に扶養者との関係で何らかのトラブルが発生すると、愛着障害(アタッチメント障害)とよばれる病に陥るそうなのです。

これが単に親子関係だけで済めばよい話なのですが、実は一生の行動を左右する恐れのある、人間にとってとてつもなく重要なものなのです。

 

この本の著者である岡田 尊司氏によれば、それは大人になってからも影響が継続し、昨今の児童虐待といったあからさまにそれとわかるようなものばかりでなく、行動障害やうつの原因になったりだとか、性的嗜好だとか、少子化だとか、本当にあらゆることをこれに関連付けて説明できてしまうのです。

 

といってもまだまだその認知度は浅く、精神科医や心理学の分野でも軽視されがちな傾向があり、心理カウンセラーやセラピストたちもここをおろそかにしがちなため、なかなか症状が改善できない方が多くおられるとのこと。

 

私の妻もそうでした。

 

少し妻のことを書きます。

妻は母親の連れ子でした。

そして母親と義父とのあいだにできた妹がいました。

それが発覚するのが二十歳になったころ、それも親からではなく出生に関する何かの書類を見て、気づいてしまったのでした。

 

母親との仲は最悪でした。

いつも手をあげられていました。

妹は溺愛されており、妹には手をあげることはありませんでした。

そしてますます反抗的になりましたが、いつからか無抵抗主義になったそうで、とにかく殴られていたそうです。

もちろん目だけは反抗的なまま。

 

結婚する前、そんな話は聞いていました。

私は愛情と共に同情にも似た感情を抱き、大学で多少心理学をかじっていた私は、私なら彼女を救えると思っていました。

 

そしていきなり結論を書きますと。

 

 

そんなに甘くない!

 

 

もしこれを読んでおられる未婚の方で、パートナーがその両親と何らかのトラブルを抱えておられたら、今一度立ち止まって頂きたい。

10年前の私に会うことができたなら、私は間違いなく結婚を阻止しているでしょう。

 

見捨てろ、と言っているわけではありません。

過酷な生活を強いられる覚悟が必要だとわかっていたら、正直私は夫婦としてではなく、よき友として彼女を支えていったと思います。

なぜなら、愛着障害を持つ人は、えー…まぁ色々なタイプがあるので十把一絡げにすることはできませんが、少なくとも私の妻と同じタイプの愛着障害を持つ方は、人間関係の距離を上手く保てません。

 

もし結婚していなければ、もっとスムーズに彼女とコミュニケーションが取れたと思います。

 

彼女の場合、そこにあるのは0か100か、です。

身内に対してはゼロ距離しか取れません。

そして母親に対する恨みつらみ、悲しみ、そして愛情を、最も近い距離にいる私にぶつけてきます。

それどころか絶対に自分は母親のようなことはしないと言っていたことを我が子にさえしてしまうのです。

 

ある時、まだ子供が年少になるかならないかの頃だったでしょうか。

妻は子供に対して暴力的にふるまってしまったと言っていました。

でもそれを自分でも抑えることができません。

そして母親に対して「謝れ 謝れ」と連呼するメールを送りつけました。

当の義母は何のことだかさっぱりわからず、とうとうおかしくなったのだろうかと心配していました。

 

しかしこのとき、まだ愛着障害という言葉すら知りませんでした。

軽い鬱症状だと思い、何件かカウンセリングを受けました。

しかしどこも暖簾に腕押しのような感じで、もっと気を楽にだとか、誰にでもありますよ、といった当たり障りのないことしか言われなかったそうです。

 

妻はぱっと見ではとても温厚でおっとりしたような印象に見えます。

実際、根本の性格としてはそうなのだと思います。

ところがこの愛着障害によって、一度火が付くと攻撃性しか見せなくなります。

そしてそれを着火させることができるのは身内だけなので、外部の人間にはまったくそれが見えないのです。

 

このようなパートナーを持った人は、いわゆるカサンドラ症候群に陥る危険があります。

カサンドラ症候群についてはまた追々書いてみたいと思いますが、要するに誰にこの妻の状況を話してみたところで、誰もそんな話を真実だとは思えないので取り合ってくれず、逆にこちらが鬱症状に陥ってしまうという言わば二次災害のようなものです。

私もだいぶ参っておりますw

 

では具体的に日常でどういったことが起きているのかというと、これも本当にこちらからすればくだらないことばかりなのですが、これから色々と書いていきたいと思います。

数年付き合って、結婚して、直後に妊娠が発覚して、なんとか無事に出産し、その4年後に第二子も生まれ、一見するとごく普通の幸せそうな家族に見える我が家ですが、常に苦悩の日々でありました。



でもそれは夫である私が悪いのだと思っていました。



つい妻をイライラさせてしまう私の言動に問題があるのだと思っていました。



妻の願う完璧な夫を演じきれない私が悪いのだと思っていました。



家事を『自分事化』できない私が悪いのだと思っていました。



毎日遅くまで残業してしまう自分が悪いのだと思っていました。



ところが、そうとは言い切れないというコペルニクス的転回を迎えたある概念と出会いました。





『愛着障害』です。





これは比較的古くから指摘されていたにも関わらず、心理学・精神医学系の分野ではなかなか軽視されていたジャンルというのか症状というのか、まあそういうものなのですが、岡田尊司氏曰く、これが人生のあらゆる局面に関わってくるというのです。







これから奥さんが愛着障害だと旦那はどんなことになるのかを綴っていきたいと思います。



パートナーの言動にほとほと傷つけられている方に、是非この愛着障害という病を知っていただければと思います。


明日といいますか、数時間後には電車に乗って嫁の祖父の葬儀へと向かいます。
嫁は実家にいるので明日の段取りを聞こうと電話してみたところ、夫イライラ悪阻の上にアトピーが重なって、機嫌の悪さがピークに。

私は明日は電車で行って、駅から葬儀場までも徒歩10分ちょいぐらいで着きそうなので、歩いていこうとしているわけですが、嫁は駅まで義父をよこすからそれに乗っていけと言うのです。
当日はバタバタしているでしょうし、あまりご迷惑もおかけしたくないので、そこを遠慮しようとしますと、嫁はブチ切れるわけです。

とりあえずいずれにしても一応明日は9時からだとは聞いておりますが、正確な開始時間と集合時間は聞いておきたいわけです。
ところが聞いてみるとですな。

嫁「私は詳しい話は知らないんだから!今細かい話をしないで!」

私「は…はい……orz」

一体私は何時に行けばいいんだろうか。
これで万一集合時間が9時前だったりした日にはまた怒られるわけです。
なんでちゃんと確認しないんだ?と。
ええ、もちろん確認をさせなかったのは嫁なわけです。
ところがこれもツワリだから仕方ないのです。

妊婦とは世の中でも特別な存在なのです。
正義や悪というものは所詮主観的なものに過ぎませんが、もしこの世に絶対的な正義があるとしたら、それは妊婦のあらゆる行為でしょう。
そして絶対的な悪というものが存在するとしたら、それは妊婦に逆らうことでしょう。
少子高齢化が進むにつれ、きっとこれは顕著になっていくに違いない。

なんてことを慣れない筆ペンで香典袋に書く名前の練習をしながら考える新米なのでした。

耐えなければなりません。
でも耐え続けていたら、恐らく夫ツワリになります。
だからこうしてここでコッソリと吐き出しているわけです。
そして嫁が安定期を迎えるか、出産して菩薩のようになった頃に苦悩の日々を見せてやるのです。
だからあまり悪口は掛けません。
あ、いえ、決して書くつもりもありません。
あくまで事実を書くに留める所存にございます。

…って若干感想も書いてしまっておりますが、今後はこのジョジョの冒険以上に奇妙な言動をありのままに書いていくことにしましょうか。
妻の母方の祖父が昨日亡くなりまして、ちょっとバタバタとしております。
私は一度だけお会いしたことがあるのですが、できれば曾孫の顔を見せてあげたかったものです。

妻の祖父は体は見るからに弱っていたものの、祖母と娘さん(妻の叔母)と共に自宅に住んでおられたので、恐らく老衰で大往生されたのだと思われます。90歳を超えておりましたし。
まだ詳しいことは聞いていないのですが、明後日あたりに私一人で葬儀に参列してきます。

というのも。
「妊婦、葬儀に参列すべからず」というしきたりのようなものがありまして。
調べてみますとどうも「お腹の子をあの世に連れていかれる」ということらしいのですが、それもまた単にイメージでそんな言い伝えが生まれたわけでもなく、実際に葬儀に参加した妊婦が、長時間の儀式で体調を崩してしまうことが多かったのではないでしょうか。
まぁそれを自分のせいにされてしまう故人もたまったもんではないでしょうが、妊婦に大事を取らせるために、こんな迷信が未だに語り継がれているようです。

ちなみに、腹帯に鏡を忍ばせておけば参列してもOKという裏技もあるようですw
どんなルールにも例外を作っておく、なんとも風流ですなあ。


なんて言っている場合ではなくて、妻はいつも祖父のことを気にかけていたようなので、本人は割と平然とはしておりますが、注意深く見守っていかねばというところです。
しかしこうして別れがあるかと思えば、夏には新たな出会いが待っています。
こうやって生命は巡り巡っていくんだねえ。


ところで。
今日は火災報知機の点検作業がありまして。
実家のURにはそんなもんは一切なかったのですが、この3DKのアパートには。
なんと10台もの火災報知機がセットされていましたwww!
というのも、4つ全ての押入れの中やトイレの中にまでセットされているのです。
最近の建築基準法がそこまで厳しくなっているのか……それとも大家さんが火事を警戒しているのか……はたまた施工業者に言いくるめられて必要以上にセットさせられたのか……まぁどうでもいいですね。はい。

でもやっぱり気になるのでググってみますと…
なんと今年の5月末までに全ての住宅に火災報知機を取り付けなければならないらしい!
いつのまにこんな法令が。
しかしそれにしてもやはり規定より数が多すぎるだろうちはw
http://denko.panasonic.biz/Ebox/jukeiki/outline/index4.html


…あれー…この火災報知機の電源は共用電源なんだろうか。
それともうちが払ってるんだろうか。ふむう。
八王子は寒いのです。
冬場は都心に比べて平均して3℃ぐらいは気温が低いようです。
(でも夏は同じぐらい暑いらしい…)
我が街は標高が200mほどありますので当然なのではありますが、さすがに12月に道路が凍結したり5cm以上も伸びている霜柱を見た時は「暖房をどげんかせんといかん」と思いました。。。

3DKのアパート住まいなのですが、備え付けのエアコン以外に暖房が無く、すぐにでも用意したかったのですが、嫁の知人の電気屋さんが安くしてくれるというので、その方に相談するまでは買うに買えず、電気毛布などにくるまって寒さを凌いでおりました。

なんせエアコンと言っても10年前のもの。
轟音はするわ、あまり温まらないわ、それにかなり電気を食うのです。
ちょっと調べてみますと、昨今のエコポイント制度のお陰で省エネ化が進み、数万円程度の格安エアコンでさえ、表示されている消費電力はなんと10年前のものの約半分。

例えば価格comで一番低価格のこちらでも
http://kakaku.com/item/K0000101708/spec/
2.2kWの冷暖房能力で冷房が455W、暖房が385W。
電子レンジよりも低いじゃありませんか。

そして現状で備え付けのがこちら。
http://kakaku.com/item/21502510250/spec/
同じく2.2kW出力で冷房が770W、暖房が890W。

期間電気代を見ても31942円⇒17480円と半額近いわけです。
もちろん今後も省エネ化は進むでしょうから、買い時はなかなか難しいわけですが、5年も使えば十分に元がとれるわけですから、機能の少ない格安機でもいい場合には早急に買い換えてしまった方がよろしいわけです。

で、先日その電気屋さんが取り付け等の下調べをしにやってきました。
これでやっとエアコンが……と思ったら。
「零下になるとエアコンじゃ温まらないから別の暖房を考えた方がいいね」

(´・ω・`)えー…。

もちろん冷房対策としてもエアコンは入れて頂くことになったわけですが、暖房の方はやはり火力にはかなわない、と。
そこで色々と調べてみますと、まずはファンヒーターとストーブが代表としてあるわけです。
そしてその燃料にはガスと灯油と電気があるわけです。

電気ストーブやファンヒーターはバカみたいに電気を食うことは知っているわけですが、これもまたちょっと調べてみると面白いもので、こういった電気機器は1000Wの熱を出すのに1000Wの電気が必要なのに対し、エアコンは先ほども書いたように2200Wの熱を出すのに500W足らずの電力で済むので、もし電気を使うとしたらエアコンに限るわけです。
そしてその上、電気ではパワー不足だと。

そこでファンヒーターかストーブになるわけですが、この建物はストーブ禁止なので残るはファンヒーター。
そして色々なレビューを見ていると、どうやらガスファンヒーターがお手軽で即暖性があるし匂いも無く最高だという意見が多くありました。
が、残念ながらここは都市ガスではなくLPガス。プロパンなのです。。。

ということで残る選択肢としては石油ファンヒーターしかないのですが、石油価格も高騰しているし、現状では必ずしも燃料費が安いとは言えず、躊躇しておりました。

もちろんこの他にもオイルヒーターパネルヒーター、はたまたこんな暖房もあったりするわけですが、ここは即暖性を取って石油ファンヒーターに決めたのです。


しかしどれを買ったらいいかわからない。
そこでこのネット通販のご時勢に、えっちらおっちらとヨ○バシカメラまで行きまして、そこで売っていた一番安い2機種を選び、店員さんに聞いてみました。
「この2台だとどっちがオススメですか?」

すると店員さん曰く

「どっちも同じですよ。オススメというのだったら安い方ですかね。」

えー。一方にはエコモードなんてもんがついており、もう一方は省電力を謳っているというのにどっちも同じですと?

私「でもこっちは省電力なんですよね?」
店員「いや、どっちもほとんど変わらないと思いますよ」

ガッデム!なんと不勉強で適当な!
実はこっそり本体側面の電力表記を見ていたわけですが、この省電力機の方は25Wなのに対し、もう一方のは95Wだと書いてあったのであります。
そりゃ店員さんからすれば1万円そこそこの商品なんてのはどれも同じようなもんかもしれんけどもさ、こっちはその金額の中で少しでもイイモノを選ぼうとしているんだからさぁ……ねぇ。

結局店員がかろうじてオススメだという安い方ではなく、省電力の方にしてやりましたわ。

コロナ 石油ファンヒーター
コロナ 石油ファンヒーター


家に帰り、早速石油タンクと電動ポンプを買ってセルフのガソリンスタンドへ。
18リットルきっかり入れてリッター75円×18=1350円。
家に帰ってタンクに石油を入れて準備完了。
石油燃料製品を使うのはもう20年ぶりですわ。
このニオイが嫌いな人もいますが、私はこれがなんともノスタルジックな気分にさせられます。

タンクをセットしたら数分放置して早速スイッチオン。
しばらくは何の動きを見せなかったのですが、突然ブウウウウン!という電気音が。
驚いてストーブを凝視していると。

「ボン!」

Σ( ̄□ ̄;)ギャー!

爆発音と共に吹き出し口から白い煙がwwwww
(さすがに焦りましたが、これはどうやら初回起動時のみの現象のようです。)
そして恐る恐るファンヒーターに近づいてみると……

おおおぉぉぉ~~~!!!

なんと、なんと暖かい風でありましょうか!
これが、これが火のパワーなんですね!
そうだ、そういえばどんなに寒くても火は燃えますなあ。
零下なんぞ軽くスルーして燃え上がる、これぞ神の奇跡!


と、大層感服しながらその場に立ち尽くした私。
6畳のキッチンはすぐに部屋全体が温まりました。
というかむしろ暑いぐらいです。

そして低価格機ながら、確かに石油臭さがほとんどありません。
もちろんそれはン十年前の石油ストーブと比べての話ですので、オール電化に慣れてしまった人にはこれでも臭いのかもしれませんが、やっぱり火のヌクモリティはハンパないです。
ファンの奥を覗くとチラリと燃えている青い火が見えます。
火が燃えるので、どうしても換気が必要になってきますが、まぁそれもなんかノスタルジックで良いではありませんか。
妻の妊娠が発覚してから、速攻で「初めてのたまごクラブ」(2011年冬号)を買いました。
「妊娠がわかったら最初に読む本」という副題の通り、まぁとにかく妊娠に関するノウハウが詰まっているし、パパ用の読み物も入っているので助かっております。

が……やはりわかっちゃいるけどパパにはわからないのが妊婦が抱える実際上のあれこれ。
逆にパパがなまじ知識を蓄えるとダメかもしれませぬ。

例えばツワリ。
漢字で書くと悪阻。
なんともワルそうな文字が並ぶコイツは、パパにとってもとんでもない破壊力を持っております。

そのたまごクラブにもパパの禁句として「ツワリが軽くて良かったね」というのがあります。
これはドラマやマンガで見るような嘔吐しまくるツワリが頭にインプットされてしまっているため、そこまで達しなければ「軽い」と思い込んでしまうわけですね。
妻も吐きこそしないものの、食べ物を食べると胸焼けのような不快感を覚えるものの、空腹だと気持ちが悪くなる、という感じのツワリだったりするせいでつい…。

だが実際はというと、むしろそういった肉体的な不調よりも精神的な、ココロの不調の方がよっぽど大変らしいのです。
それがこの本を読んでよーくわかりました。

そういうふうにできている
そういうふうにできている


これは初めて妊娠をする人も、その旦那も読んでおいて損はありません。
妻はこれを読んで、自分の精神的不安定さがホルモンのバランスが崩れたことによるものだとわかり、安心したようです。

が、しかしそれはパパにとっては諸刃の剣。
今度はそれを免罪符のように、攻撃性を増してきやがったのです。
(´・ω・`;)

私としましては、お腹の我が子のコトを第一に考え、とにかく安静に、ゆったりと過ごして欲しいわけです。
ところがイライラしている妻にそんなことを言おうものなら、ものすごい剣幕で口撃された上、「ホルモンのせいなんだから仕方ないでしょう!もういちいちそんなこと言わないで!私に構わないで!話しかけないで!」

orz

た……ただ私は貴女と楽しく時間を過ごしたいだけなんです。。。


もちろんこれも波があって、収まった時には普通になります。
しかしそうとはわかっていても、ついつい口に出してしまう新米パパ。
そして許容量以上の心的ダメージを毎回食らうのです。

冷静さを欠いているので、私が代わりに考えてあげると嫌がります。
かといって妻の言う通りにしていると、どうして人任せにするんだと嫌がります。
もう八方塞がりでこっちが泣きたくなります。
あ、これが夫のツワリというやつですね。
同じ思いをされているパパ、一緒に頑張りましょう。。。
昨年11月に5年付き合ってきた彼女と入籍をしました。
が、実はこの時点ではまだお互い実家住まい。
スピリチュアルなカウンセラーなどに後押しされたり、その他色々な理由で入籍だけ先に済ませてしまったのでした。

それから12月に八王子に引越しをしてきました。
が、それも私一人だけ。
妻はというと、これがまた占い師な人などに言われたり、仕事のことなど色々あったりして今月からこちらに引っ越してきます。
はい、かれこれ1ヶ月、私は一人暮らしをしているのです。

実は実家を出るのはこれが初めて。
結婚して家庭を持ち、夫になるのも新米なら、一人暮らしも新米なのです。
もっとも学生時代に居酒屋でバイトしていたこともあり、料理はそこそこできますし、特にこれといって不自由なく生活しております。

ところが。
昨年の暮れのこと。
食べ物を食べるとムカムカすると言っていた妻の妊娠が発覚。
7週目に突入しておりました。
しかし正直なところ、この瞬間、喜びよりも混乱が上回り、頭が真っ白のパニック状態に。
実はあーんまりお金が無いので、入籍して、一緒に住んで、少しお金を貯めたら式を挙げて、それから……というようなことを想定していたわけです。

が、赤ん坊ですよ。赤ん坊。
生命が生まれてしまうのですよ。
こいつが一人立ちできるまで、その全責任を負う「パパ」になるわけですよ。
これはとんでもないことです。
まだ夫としても成立していないこの私が、果たして「パパ」という役割を担うことができるのだろうか?

そんな思いが駆け巡り、それは今もまだ若干の不安として残ってはおりますが、こうしてBlogでも書きながら少しずつ夫として、パパとして、進化・成長していけたらなと思う次第であります。

元気な我が子に会うその日まで、毎日書けるかな。

妊婦に遭遇したら