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繁華街の中にあるtaboo。翔さんは準備の為に早いうちから店に入ってる。

俺は長い付き合いでそれを知っていた。

相葉さんと同じように、tabooのバックヤードにも仮眠ベッドが置いてある。

何度か俺もそこで眠った事があった。


朝までコースでひたすらに鞭を打たれた日だったり、縛られて足首の皮が剥けて歩けなかった日だったり


思えば翔さんが俺をこの街から追い出そうとするのは無理ない事だったのかもな


コンコンと扉をノックする。

中からこもった声で返事があった。

「誰だぁ〜」

「あぁ〜俺ぇ〜」

「猫か

開いた扉から俺をみるなり翔さんがつまらなさそうに呟いて中へ戻って行く。

暗がりの店内に翔さんの背中を追いながら入った。

いつものカウンター席を目指す。

先に入った翔さんが照明を1つ灯した。



ガタンと音を立ててカウンターの椅子にチョコンと座る。

「真昼間からビールの催促か?仕事上がりにしちゃ綺麗だな」

俺を見下ろして顎を撫でる翔さん。

「仕事上がりじゃないんだ。ついでに言うと、こないだの読みは大当たり。相葉さんって言うんだけどね、予約してたの全部やっぱり相葉さんだったよ。」

「ほーで、その流れから察すると、やっと覚悟したのか?」

翔さんはやっぱりBARには不釣り合いなジョッキになみなみとビールを注いで俺に突き出した。

「ふふありがとう。そうだね今、店行って辞めて来たんだ案外簡単で、こっちが拍子抜けって言うか

「小難しい事考えてんじゃねぇよ。アッサリ辞めれて良かったんだから。」

「うん俺、普通に生きてけるかなぁ」

ボソっと呟いた独り言がジョッキに吸い込まれる。

上がってくる気泡が潰れて、頼りない独り言を弾き出しそうだった。

「生きてけるさ生きて行かなきゃなんないんだから人間、生きるしかないんだから。」


翔さんの言葉は時折哲学的で、学の無い俺なんかからしたら、その言葉は余りに意味が深すぎて掴みどころを見失う事があった。

「生きるしかないよね

「おまえもそうやって来たんだ。これからはレールが変わるだけだ。不安になる事はない。今まで走ってたレールなんかより、きっとずっとマシだろ?」

チラッと俺を見ると、翔さんは簡単にカクテルを作って、向かいに座りグラスを傾けてきた。

俺は苦笑いしながら、

ビールのジョッキを差し出して傾ける。

細いカクテルグラスと、どでかいビールジョッキが重なりカチャンと音を立てた。

「新しいレールで、おまえはどこへ行くんだろうな」

クスっと満足そうにカクテルグラスを傾けて笑う翔さん。

「相葉さんの店あぁここを出たところにあるカフェね。そこで働けって。家も、引っ越しの段取りして、彼のマンションに引っ越す事になったんだぁこんなに甘えちゃって良いのかな?」

「構わないんだよ。そんなのは惚れたソイツからすりゃ出来る事の最低限だ。大事にして貰えよ」

「なぁんか、オヤジくさい」

「るせー!オヤジくさくもなるわ!おまえどれだけ迷惑かけて来たと思ってんだよ」

「あぁ!ハイハイハイ!ごめんってばぁ!ふふでも、翔さん俺の事大好きでしょ?」

肘を突いた手の甲に顎を乗せて軽くウインクする。

「チッ、バーカ!誰がおまえみたいな淫乱猫!俺はそんな物好きじゃねぇ。」

ちょっと赤くなりながら否定しまくる翔さんが俺は好きだ。

多分、この人の事は、ずっと好きだった。

恋とか愛とかじゃない。


水とか空気とか多分そんなレベルで好きだった。

不思議と抱かれたいと思った事がないのはそう言う事だろう。


俺がここで生きて行く為に、翔さんは必要な人だったんだ。


俯きながら自嘲して笑う俺は呟いた。

「翔さん……ありがとね」


顔を上げると、翔さんは背中を向けていて、リキュールの瓶なんかを整理するフリをして多分ちょっと泣いていた。


「バーカ、用が済んだらサッサと帰れ」


俺は残りのビールを煽ってカウンターに置く。

「翔さん、相葉さん、今度連れてくるね!」

……悪くないな」

そう言いながらカウンターから出て来た翔さんが出口を開けようとする。

俺はその手を掴んで、翔さんの胸にギュッと抱きついた。

「ありがとう。」

翔さんは優しく俺を抱きしめて、髪にキスをくれた。

腕の中で上向くと、眉を八の字にして目尻を下げた翔さん。

「大事にして貰えよ。」

「ふふやっぱオヤジくさいょ

クシャっと髪を撫でられる。

気持ち良くて、胸元に擦り寄った。

翔さんは両手でぎゅーっとしてから、俺を離すと扉を開けた。

そこには太陽の光がまだまだ差していて、目が眩むような感覚を覚える。

「じゃ、また」

「おぅ!気をつけてな」

「うん!」


翔さんに見送られながら、こんな明るい外へ出て行く事が不思議だった。

走っていたレールは、もう既に線路を変えていて、俺は立ち止まる事なく、そこを走り出したんだと


首筋を流れる汗を撫でて


感じていた。