忍者になりたかった社長夫人の泣き笑い忍活帖

忍者になりたかった社長夫人の泣き笑い忍活帖

狛江にある撮影会社社長夫人がニンジャエアロビDVD「NINJYASIZE(ニンジャサイズ)」を考案、製作、販売を担当、パリのJAPANエキスポにまで出展、日本の伝統文化である忍者と忍びの心を世界に発信するために、日夜奮闘、泣いたり笑ったりの「忍活」を展開中!

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みなさん、こんにちは!

狛江にある特殊撮影会社、
株式会社ロケットwww.rocketjapan.comで働いています
社長夫人こと光恵Pです!

光恵PのPはですね、プロデューサーの「P」ですねん。
ええ、今年1月に忍者の技とエアロビクスをMIXした
ダイエットダンスDVD「NINJAYSIZE(にんじゃさいず)」を
普通の主婦だった私がプロデュース、毎年パリ郊外で行われる
JAPAN EXPOにまで行ってしまって、着物姿で営業ぶち込んで4日間で23万人も来た、だだっ広い会場の中央で

ニンジャサイーズ!

って叫んできたんですのよっ!!!

 まあ、NINJAYSIZEを思いついたのが、東日本大震災が起こってから2日後のこと。
それから約2年かかって作ったわけですが。
このニンジャサイズ、巷では「無駄にクオリティが高いエクササイズDVD」と言われていますの。
撮影畑の一流のスタッフが寄って集ってつくりましてん。
なんと!エクササイズDVDなのに、茨城県の禅寺まで行ってオールロケーション!!
さらに!!毎年パリ郊外で行われる日本文化の祭典「Japan expo」に出展、
もう大大暴走だ、泉谷しげるさんもびっくりだー!
金、かかり過ぎ!

と、まあ、NINJYASIZEに関する奮闘記はこれからセコセコ書いていくとする…として。
ニンジャサイズに対する「思い」を書いた手紙が最近倉庫から出てきました!
当時、スタッフ、出演者、ニンジャサイズの方々に当てて書いたものです。


   「TEAM・NINJAPANの誇りにかけて」

2010年3月14日、日本は未曽有の国難に見舞われました。
その当時を振り返ってみますと、震災の影響で仕事はすべて中止。オフィスでは、毎日鳴り響く仕事のキャンセルを知らせる電話が鳴り響き、この先、会社は、家族は、そして日本はどうなるのだろう…いいようのない不安で気持ちはつぶれそうでした。私自身、阪神淡路大震災の時、大阪の実家の酒店が少なからず被害を受け、その後自己破産して故郷を追われたこと、また、震災で友人を亡くしていること…いろいろなことがフィードバックし精神的にも追いつめられました。
 

その後、とある有名アーチストのライブが韓国で行われることになったのですが、日本から撮影機材は持ち込めない…と。機材自体に放射能が付着しているから…という理由でした。前後して、TVで福島原発の爆破シーンが何度も放映され、インターネットで「フクシマ」の文字を何度も目にしました。

会社はおろか、日本そのものが、もう、だめかもしれない。

仕事はなくても、給料や保険料、家賃、トラックのリース代…払わなければならないものは待ってはくれません。誰もいない節電で真っ黒なオフィスで考えあぐねていたところ、黒い影が私の前を横切ったのです。その影は、暗闇よりもさらに漆黒の艶色をしており鈍い光を放っていました。 

      「日本はこのままでは終わらぬ」

瞬間、ある言葉が私の体に降りてきました…ニンジャ。 

その日から忍者との格闘が始まりました。外国では本国よりも人気のある「ニンジャ」を一部のマニアだけでなく、広く楽しく知ってもらうためにはどうすればいいか…。

そこで思いついたのが、

NINJAYSIZE(にんじゃさいず)」。

忍者とエクササイズの融合で、楽しく体を動かして汗をかき、理想のプロポーションを手に入れる、さらに、日本古来の武道に通ずる忍者の所作を取り入れることで精神の鍛練を図るのです。 

NINJYASIZE完成までには、それから約1年半年の時間がかかりました。まずは、「忍者とはなんぞや?」から始まり、色々な文献を読みました。その後、忍術とエクササイズをどう融合するか?スポーツインストラクター、ヨガの先生、武道家、アクション指導のプロ…いろいろな方に相談しながら少しずつ原型を作っていったのですが本当に苦労しました。 

そして、演者をオーディションで選出。撮影に関しては都内のスタジオで行うはずが、縁あってアクション映像に定評のあるプロの映画監督に依頼することに。にわかプロデューサーの誕生です。
その後は、怒涛のような日々が続き、現在は、英語のナレーションを吹き込む…という最終段階にきています。

映像の演出に関しては、監督にお任せしましたが、ひよっこプロデューサーの私がたったひとつだけお願いした演出があります。

NINJYASIZEのインストラクターが、厳しい修行(24の技)を終えた時、皆で駆けより、こう叫ぶのです。 

「TEAM・NINJAPAN(にんじゃぱん)!」

そう、我らは誇り高き日本人であり、TEAMとして協力して世界に貢献していく…そんな思いを込めたキャッチフレーズなのです。 

また、この企画を始めてからいろいろな方と出会い、助けていただきました。経験0、タイトルの商標登録から始める…という無謀なやり方、思いの強さばかりで恥ずかしいくらいの無計画さにも手を貸してくださる方たちに支えられ、何より弊社の社長を始めスタッフの皆様の協力がありここまできました。

これからが本当の勝負で、広く世界中にNINJYASIZEのブームを巻き起こさせ、「日本は負けない!」のメッセージを発信、国内に関しては、被災地にインストラクターを連れて行ってイベントを行う…という夢があります。

子どもから大人まで皆で楽しくNINJYASIZEを踊ることで運動不足の解消に役立ってくれれば…これは必ず実行したいです。

以上の思いを土台に、NINJAYSIZEを一人でも多くの皆様に知っていただき、実行していただきたいと思っています。

…以上です。

このお手紙を書いてからずっと、ずっと、ずっと…

ニンジャサイーズ!

って叫んできたんですのよっ!!!

以下、続く…。

 

 

 



写真の着物が私。真ん中の貴婦人がフランス人のお客さん、
くノ一コスチュームがNINJYASIZEメインダンサーのShinobi Hime