なんだか、いつも必死に「あれやろう」「これやらなくちゃ」「こうじゃなくちゃ」と自分を追い込み、頑張りすぎることに疲れてしまい、
フッと「あまり頑張るのやめようかな」なんて、人生で初めて思った日。
18時半〜行われた羽生結弦の記者会見を生で全部見た。
勢いよく手を上げた冒頭の挨拶から感動したけれども、
今をときめくギドゥンドゥンの「羽生選手にとって挑戦とは??」の答えに、
ものすごく心が動かされた。
「挑戦ですね…。きっと別に僕だけが特別だとは何も思っていなくて、別に王者だったからとかではなくて、みんな生活の中で何かしら挑戦しているんだと思います。それが大きいことだったり、目に見えることだったり、報道されることだったり。それだけの違いだと僕は思っていて、それが生きるということだと僕は思いますし。守ることだって挑戦なんだと思うんですよね。
だって守ることって難しいなと思いますし、大変なんですよ。守るって。だって家族を守ることだって大変だと思いますし、何かしらの犠牲だったり時間が必要だったりもしますし、だから、何ひとつ挑戦じゃないことなんて存在していないんじゃないかな。
それが僕にとって4A(4回転半ジャンプ)だったり、オリンピックというものにつながっていたり、ただそれだけだったかなと。だから僕も挑戦をすごく大事にしてここまで来ましたけど、皆さんも、なんかちょっとでもいいから、自分、挑戦していたんだなとか、それって羽生結弦はこんなに褒めてもらえているけど、実は褒められることなのかなって、自分のことを認められるきっかけになっていたらうれしいなと僕は思います」
そうだよねー。自分も充分毎日やってるよねー。
少し自分で自分を認めて、楽にしてあげよう、と。
そう思えました。
プーさんを買うほどの熱烈なファンではないけれど、
思い返してみると彼に結構影響を受けていたことに気づきました。
私が羽生結弦に衝撃を受けたのは、彼が17歳の時に出場した
東日本大震災後の2012年の世界選手権の「ロミオとジュリエット」。
夜ご飯を食べながらテレビで中継を見ていたんだけど、
気づくと箸を持つ手が完全に止まっていたことを、今でも思い出します。
ツイズルの美しさと、
最後のステップに入る時の気迫あふれる表情。
何度この演技を見たことか、
そして
何度感動して、
何度力をもらったことか。
このブリティッシュ・ユーロ解説解説が好きなのでご紹介します。
「彼は必ず世界チャンピョンになるよ」と解説者が予言しています。
そう!その後2度も世界チャンピョンになりました。
「頑張りすぎるのをやめよう」と思った次の日、
初めて「カボチャグラタン」なるものに挑戦してみました。
(一児の母なのに料理が好きじゃなくて。。)
いつもなら頑張ったことには入らないような、なんてことない出来事が、
羽生結弦のおかげで「今日も挑戦してがんばった」と思えました。
あの世界選手権から10年たった今でも、羽生結弦に助けられています。
ありがとう。あなたの挑戦と表現に感謝を込めて。


