jumpei1991のブログ

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 云えなかった「ありがとう」を文章に。

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成人式。
みんな懐かしかった。
「わー!」
「誰々やん!」
「今何してるん?」
「そうなんやー」
「・・・・・・・」
「わー!」
これの繰り返しである。

まあ確かに楽しいし、こういう機会を設けてくれたカレンダーには感謝したいと思ってる。
けど、人に向かう本質はどこに行っても変わらない。
かわいい・付き合いたい・sexしたい。
基本はこれだろう。
他に尊敬されたい・次も会いたいと続くが、「懐かしい」というのはずっと下位だ。
情けないものだ。

小学校の時のいじめって結構残酷だったんだなと思った。
ドアで頭挟んだり、ぼっちにしたり。対抗策としては刃物で追いかけ回されたり、親にチクられたり、先生に詰問されたりした。
総じて、『異常』である。
そんな中で、自分は結構うまくやってたみたいだ。
なんかいろんな人が僕の事覚えてくれてる(ほんとに多くて、こっちが誰か聞き返す程)。
まあ幸せなことなんだろう。
素直に喜べないのは、自分の記憶があいまいになっているからかもしれない。
周りの声かけから当時の自分がイメージ出来るのだが、今の自分とかけ離れている為に違和感がある。
会話の流れではそれを見せずに演じるのだが、そうしている間にも新しい僕のイメージが付随されていって、それは僕ではなくなってしまった。
この5年で一番遠くにいってしまったのは、自分なのかもしれない。
「子供の可能性とはなんなのか」
10コ下の弟が怒られているとき、時々そう思う。

私の母は子供を観るということに関しては不得手であると思う。
何故なら母は、与えれれたタスクやノルマを達成する事には向いているが、不確定や未確定要素を多く含む事柄を認めず、枠を当てはめて行動する癖があるからだ。
その性向は子供の教育にも向かう。
子供はもとより自由な存在だ。
はっきりとした思想を持たず、自我も未確立、何がいいのか悪いのかこれから経験していく、無知・無経験という名の自由な存在である。
母はそれを自分の持つ要素でフレーミングする。悪意は無いかもしれないが、私にとってはそれが余計に苛立たせる。
子供を縛ることで得るものは、母の安心と親子信頼関係の欠如ぐらいだ。他、全体としてのメリットは皆無だと思う。しかし、母はフレーミングを止めない。
子供はいつかそのフレーミングの行き届かない場所で、自由に出会い、そういう風に生きても自分よりも多くの楽しみや人々の賞賛を得ることが出来る事を知り、自分に絶望して前に進みだすに違いない。
フレーミングは、将来においても無意味なのである。

できれば、
いずれ破壊される喜びを知る為にフレーミングをされ、そのフレーミングの外を見たときに自分を卑下するのであれば、自分で自分をフレーミングした時にしてあげたい。
それが生きてて面白い事のひとつだから。
今日も支援課と話し合ってきた。
もうそろそろ、支援課で働いてもいいんじゃないかと思う。
EVE祭とか全く楽しめなかったし。

まあ、それはおいといて。

今日は大事な事が決まった。
2月までのロードマップが決まったのだ。
僕の意見は必要な団体に、必要な支援を。より多くの人に学生会館を使って欲しい。
この2つに尽きる。
何故かって?私は公認団体の今出川代表だ。プライドもあった。でも、ツイカフェで見たのは登録団体の、何の支援も受けていない、ただの馬鹿だった。彼らに大学生を見出した、初めて大学生と出会った。
彼らと共に企画をする内に、この理不尽な環境に腹が立った。
何故公認団体よりも活動をし支援を必要としている団体が、何もしていない公認団体よりも優遇されないのか。
そこには、私達の方が学生に認められている、という自負があったのかもしれない。

とにかく、こんな思いを、来年や再来年に入ってくる学生達に残してはならない。
法を改正しなくては。そう思い、この2ヶ月戦ってきた。
しかし、そう上手くはいかなかった。顧問に棄却されたのだ。
学生闘争時代の彼らは本当に賢かったのだと思う。
私は、学生と闘ってる訳でも、大学と闘ってる訳でもない。何十年も前の、同志社の学生と闘っているのだ。

この戦いは長くなると思う。
でも、少しでも多くの団体が支援を受けられる様になれば、私はうれしい。