2012年12月2日、午前4時30分頃
なんたは虹の橋に旅立ちました。
なんたが頑張った証を少しでも残したくて、最後の日を綴ります。
前日の朝に、けいれんの発作を起こし、その後の状態がよくないままでした。
ぐったりと荒い呼吸をするなんたを長座布団に寝かせて、枕で少し頭を高くし、横向きに寝かせました。
あとは、何もできずに、コットンに水を含ませて、口にたらして水を飲ませることしかできませんでした。
仕事でコケシさんがいなかったので、妹のなっちが泊まりに来てくれました。
なんたに手をかざして、ヒーリングをずっとしていてくれました。
そのおかげか、苦しそうで眠れない様子でしたが、12時近くにようやく少し落ち着いて眠りました。
ワタシも側で少し眠りました。
午前2時半ころ、突然ゴボッという音で目が覚めました。
なんたが水を吐いていました。
窒息しないように、身体を起こして拭きました。
そこから、またなんたは起きて苦しそうな呼吸を始めました。
水を含んだコットンで舌を湿らせようとしても、いらないと拒否します。
「あぁ、もう水すらも受け付けないのか」
段々と別れが迫っていることを嫌でも思い知らされました。
苦しそうな姿を見ると、早く早く、早く楽になっていいよと思わずにはいられませんでした。
午前4時ころ、また、吐きました。
洗面所にタオルを取りに行ってリビングに戻ると、なんたがうつぶせになっていました。
うつぶせのほうがいいのならと、鼻がふさがらないようにあごの下にタオルを置きました。
少し呼吸が楽そうになりました。
しばらくすると、なんたが座布団から這い出してきました。
そして、そのまま倒れました。
身体が反ってけいれんし出したので、発作止めの注射と生理食塩水を入れました。
ですが、それはけいれん発作ではなく、最期の仕草でした。
治まってきたように見えたのは、最期に向かっていたからでした。
呼吸が大きく深くなり…
最期に大きくひゅーっと息をして、そのまま、呼吸が止まりました。
胸に耳をあててみましたが、心臓の鼓動は感じられませんでした。
数分後に一度、ひゅっと息を吸ったのは、反射だったのでしょうか。
不思議なことに、悲しいというより、安堵しました。
苦しそうにしているのを見て、何度も「もう頑張らなくていいから」と、声をかけ、それでも生きたなんた。
ようやく楽になれたねって。
目だけでキョロキョロと辺りを見回していたのは、迎えに来たぶんたの姿が見えたのかな。
ありがとう。
7年間ワタシを支えてくれてありがとう。
大好き。
いつまでも大好き。
昨日から「Can't Fight This Feeling 」という歌が頭から離れません。
この歌をなんたに。
なんた、ありがとう。

















