「初めまして」
三人で会ったのは初めてだった。
警視と登録者は握手した。
登録者は元々は東京在住で、福岡県生まれ、横浜育ちだった。登録者の両親は父が横浜出身、母が新潟出身、祖父は東京出身で戦前は特高警察と協力関係に有ったと言う。
その後、色々有り、今は北尾張で宅配委託として働いて居る。
当然、公安閥である北尾張警察とは協力関係に有り、度々有効情報を寄越して居た。
「警視最後の異動がここですか。すると、次は生安局の課長か管局の管理職辺りですかね」
登録者は警視の紹介を聞くと口をきき出した。
警視が小牧の三菱から情報を盗み出しそうな中国人の近況を、愛知県警の公安はどの程度取って居るのか調べて欲しい旨を伝えた。
「小牧管内や春日井管内の中国人と為ると僕の活動圏外だからすぐには分からないんだけど、風営系情報によると、春日井と一宮までを含む広域的な名古屋近郊として外国人風俗関係は昔と変わって一体的に為りつつ有るらしいですよ。愛知の生安は弘道会対策の一環も有って、風俗情報の信頼度は一定のレベルを維持してますからね、そこからの情報だから信頼は出来ると思います」
登録者は信用出来るとまでは敢えて言わない様に気を付けて居た。
「中国人の情報ね、分かりました。三菱の航空部門の情報は、安全保障上の懸案ですからね、早急に愛知公安でどの様に為って居るか探りましょう」
登録者は約束をした所で、三人は分かれた。

「さすがと言うか、特殊な市民と言う感じ」
警視は東海道岐阜社長に感想を述べた。
「じぃさんが特高と絡んで居たのは実は家庭内でも孫のあの野郎しか知らないんだが、じぃさんも実質的にはスパイの様な存在だった。孫のあの宅配屋がああなるのも頷ける」
歴代の公安キャリアと仕事をして居た貫禄を見せながら社長は返事をした。警視は頷き聞くだけだった。
翌日、警視は愕然とする事に為る。

登録者によればどこからか本庁からの依頼が漏洩して、県警組対局局長から圧力、妨害工作が起きて居て愛知の公安は情報を殆ど捕る事が出来ないで居るとの報告だった。

「本庁や警視庁の組対でも有名だとは思いますが、愛知の組対局は弘道会と蜜月関係ですからね。弘道会内の何らかの親中国派から影響を受けた組対局が妨害を開始したと思うのが自然でしょう」
警視は怒りを隠す事が出来なかった。
「この野郎。ヤクザごときに肩入れなんざしやがって。舐めてるよな。警察の怖さ、教えてやろう」

警視は即刻、本庁の全国の公安作業を司って居る警視正の理事官に緊急の連絡を入れたところ、本庁内の公安から刑事局と官房に申し入れが有り、漏洩元と為った県警警備部長は監察へ異動と為った。
官房の幹部もまさかそこまで無能とはと言った反応だった。

「ご苦労さん、本庁の林だけど」
本部で電話に出た愛知県警の刑事部長は、警備部長の更迭を耳にした直後だったので緊張しきりだった。警備部長は準キャリのトップに上り詰めた人物だったのだ。電話は電話番号から元警視庁公安部長で警察庁刑事局長で有る林警視監からだと分かって居た。
「もしもし、ご苦労様です。局長」
「今回のあのアホやった警備部長を飛ばしたのは当然として、村瀬御前のとこの組対四課はいつまで同じ事させてんだよ」
林警視監はつい前任の警視庁の組織名で喋って居た。
「妨害したと噂されて居る、組対局長の事でしょうか」
「そうだ。奴は本庁の組対部の勤務の経験も有るんだよな」
「はい。三年前に東京に出ております」
「奴も本部から出せ。警備局長はかなりご立腹だったぞ。二年後には先輩は官房長だ。人事権握られた状態で恨まれる意味はキャリアの村瀬君なら分かるよね」
急に優しい口調に為った林に対して、村瀬警視正はかえって恐怖心に駆られた。
元公安部長の刑事局長から電話で猛烈なバッシングを受けた村瀬は、緊急に組対局長と面談する事にした。

「おい、高木!ちっと俺の部屋に来い」
刑事部長は局長との電話を終えると、左手で受話器を持ったまま組対局長席に電話して呼び付けた。
余りの剣幕にいつもは厳つい組対局長も一目散に部長室に飛んで来た。
刑事部長はかつて警視庁の組対部長で専門はヤクザ対策の組対四課だった事も有り、いざと為った時の凄みを効かせた時の声は恐ろしかった。この時の声のトーンがそれを示して居た。
「おい、御前よ高木、よく菱の野郎と会ってるって色んな部署から目撃談来てるけどよ、まさか、この前言ってた、弘道会のとこの風俗の元締めから何か言われて動いたなんて事は無いよな」
「部長、なぜその件を御存知なんでしょうか」
局長は慌てた口調で尋ねた。
「俺の着任の祝いの席でてめぇ、酒に酔って俺に語ってんだよ」
局長は半年前、刑事局から異動に為った村瀬警視正の祝いの席でのやり取りを思い出せない様だったが、頭を掻いて誤魔化して居た。
それを見て居た村瀬は続けた。
「まあそれはいいとして、菱から何か言われて動いたって事は無いんだよな」
「じ、実は」
「有るってのかい?!」
四課上がりの刑事部長が再び凄んだ。
「直接では無いんですが、風俗の元締めしてる井上ホールディングスに近い、田中産業って言うとこの社長から、小牧でうろうろしてる警察が目障りだから何とかしてくれって」
「あ?てめぇ、マル暴局長やってて何寝惚けてやがんだよ。田中の野郎は井上の組の代貸しだろうが。それが菱の片棒担いだってんだよ!」
部長は自分の執務机を怒りで叩いた。揺れて落ちたペン立てに局長は思わず震え上がった。もはや暴力団捜査のトップの威厳は失われて居た。
「さっき、局長からクレームが来た。上の方で大問題に為って、局長も肩身の狭い思いを為さって居るそうだ。悪いけどよ、もう御前を官房から守ってはやれない。懲戒は嫌だろうから、後は自分で都合のいい様にしろ」

今回の件で、警備部長と組対局長は人事異動を発令する警察庁官房の判断で降格処分と為り、生涯、本庁には異動出来ない状況に追い込まれた。
翌日には二人とも揃って依願退職して居た。