富岡町の帰宅困難区域で行われる、倒壊の懸念がある、枯木の撤去作業のお手伝いに行ってきました(主催:相双ボランティア)。
「現場見れないので、状況がわかんないですけど、聞いた感じだと枯れ木が墓石の方に傾いていて、そのまま切るとぶつかっちゃうので、ロープで引っ張りながら切る感じです。
切るのはその1本だけとのことなので、もし、あまりに早く終わってしまったらすんません!(原文ママ)」
相ボラの平山さんから、そんな前振りをされていたので、何となく簡単に終わるイメージでいて、チェーンソーもあると聞いていたので、「(壊れたりするかもしれないし)念の為…」程度の気持ちで使わないだろうと思いつつ持ち込んだけど…
「これ?(高くね?太くね?)」( ̄O ̄;)
動揺していたのか、指が写り込んでしまうという失態…(/ _ ; )
依頼主さん「(東電に伐採をお願いしたら断られ)前はトラクターで引っ張りながら切ってたんだけど、(震災以降)凹んじゃって…」
トラクターを使いながら、一人で切ってたのも凄いけど、津波の被害こそお墓には無かったけど、原発事故の影響で町に帰る事が出来なくなって、トラクターも使えなくなって。
「(これは東電じゃね?)」と心の中で呟いたのか、声に出して呟いたのか…
周りの草刈りをして、
倒れた時、墓石にぶつからないように枝を切って、
簡単に言ってるけど、腕はプルプルだからね(笑)
相ボラのお手伝いが、14時頃に終わったので、そのまま南相馬まで北上し、1年2ヶ月振りに村上海岸へ。
当たり前のことかもしれないけど、1年2ヶ月振りの村上海岸は、護岸工事の真っ最中。
1年2ヶ月前はこんなだった海岸も…↓
こんな…↓
こんな…↓
防潮堤が無ければ、当時の位置関係もよくわからない程。
何年か前に山元町で娘さんを捜していたご両親の「捜す場所がどんどん無くなっちゃって。」という言葉がふと思い出された。
(2015年5月 大熊町熊川海水浴場)
流れる時間(立場)の違いをはっきりと感じる1日でした。