図書館からの帰り道、蝉の鳴き声の中を駅に向かって歩いていた
降って来るようなその大音量を浴びながら、あぁまるで通り雨の中をあるいているようだと思った
そしてふとこの感覚を表す言葉がどこかにあったんじゃないかと記憶の中を潜っいくと
あぁ蝉時雨だ
これが蝉時雨なのかと、身をもって体感した訳です
昔生きていたどこかの誰かがおぼえたこの感覚を、現代に生きる私が同じようにおぼえたこと
蝉時雨という言葉を始めて使った人はどんな人なんだったんだろうと、どんな思いでこの言葉を使ったんだろう
蝉達は土の中での静かで長い生活を終えて、陽の光を浴びながら夏の限られた時間を暮らす
土の中では出すことのなかった声をここぞとばかりに精一杯張り上げる蝉
そんな蝉達の鳴き声が時雨のようだと
言い得て妙な心持ちでした
日本語は美しいと改めて思ったの
でも同時に普段私の頭の中を巡って口をつく言葉や、耳に入ってくる言葉の語彙の少なさや、陳腐さ、色の単調さが残念だとも思った
綺麗なものをもっと見たい、聴きたい、知りたい
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