しばらく更新できず、すみませんでした
過去を遡って書いています。
吐き気は収まるどころか日に日に悪くなっていきました。
夜も吐き気で目が冷めて嘔吐。
喉も切れてしまい、血も吐いていました
食べられず痩せて嘔吐し続ける私の姿に、旦那は背中をさすりながら泣いていました。
旦那もこんな私を見るのは辛かったと思います
泣いた旦那を見たのはこの時が初めてでした。
当時のTwitter↓↓


それまでは悪阻のストレスを結構な頻度でTwitterに呟いていましたが、本格的に動けなくなり呟きも激減しました
洗面所すら行けなくなり、一日中寝室から動けなくなりました。
気持ち悪くなったらベッドの横に置いたビニール袋に吐いていました。
えずくたびに身体に力が入り、背中は常に筋肉痛のような激痛。
うとうとしてもまた吐き気で目が覚める、の繰り返しで、眠ることもできず、本当に地獄でした。
吐き気のサイクルは短いと10〜20分、やっと間隔が開いて1時間くらいでしょうか
朝方になってやっと2時間ほど眠れる感じでした。
夜中でも私がえずき始めると旦那も起きて背中をさすってくれました。
この頃からよだれつわりも悪化しました。
唾液が出ますが飲み込めず、ひたすらティッシュに吐き出していました。
ティッシュ箱の消費もすごかったと思います(苦しくてよく覚えていません
)
吐くものが何もないので余計に苦しくて、吐く直前に水を飲んでそれを戻していました(汚くてすみません
)。
一日の終わりには大きいビニール袋がいっぱいになっていました。
水分をとってもほぼ吐いてしまうのでトイレの回数も減り一日に2回くらいでした。
完全な濃縮尿。
お通じも10日くらい出なかったと思います。
この頃はなっちゃんのりんごジュースにお世話になっていました。ゼリーとかガリガリ君とかも試したかな。
氷を少しずつ舐めたりしていました。
口の中が常に不快で、お茶でうがいもしていました。
本当に具合が悪かったので記憶が薄いんですよね
とにかく毎日毎日旦那は私が食べられそうなものや飲み物をたくさん買ってきてくれていました。
旦那には本当に助けてもらいました。旦那が居なかったら私はとっくに消えていたレベルです
通常では考えられませんが、清潔ケアに至ってはシャワーも浴びれず、歯磨きもできずにいました。
クリニックの受診の前の日だけは、何とか自分の尊厳を守りたくて何度も吐きながらシャワーと歯磨きをしました。
○月29日は点滴をしにクリニックへ行きました。
自分で運転して行ったのか、旦那に乗せてもらったのか覚えていませんが。。
自分で運転するときはビニール袋を準備して、途中コンビニの駐車場などで休みながら行き来しました。
クリニックでは全く食べられていないこと、体重も減ってることを伝えましたがもちろん対応は点滴のみです。
入院のにゅの字もありません
(お願いだから入院させて〜
)
嘔吐してぐっすり眠ることもできない毎日に、精神的にも追い詰められていたので、効かない、ただただ痛い点滴が苦痛でしかありませんでした。
(こんなのしたって良くならない。意味ない)と気持ちは投げやりでした。
点滴中にも何度も吐いてしまうので、翼状針の点滴はすぐに漏れてしまいます。
脱水で血管はぺったんこですし、もともと血管が細いので入りにくいし
吐いて動くの分かってるんだからサーフロー(静脈留置針です)でやってくれ〜と今は思いますが
当時はすでに限界ギリギリだったので
(つらい、いたい、つらい、いたい)
しか感情がありませんでした。
許されるのなら自宅で自分で点滴をしたほうが気持ち的にもマシだったかもしれません
笑
診察待ちも会計待ちも吐き気で何度もトイレに駆け込みました。
この受診の時もこんなに吐いてる妊婦は私しかいませんでした
ベビちゃんは元気でした
それだけが安心材料です
エコー写真です↓↓
右側が頭で、左側が身体です
母体がこんな状態でも赤ちゃんは育つからすごいですね
この後、体重はさらに減っていきます。
食べられず、飲めず、もう身体が怠くて仕方なかったので、毎日点滴に通う体力は残っていませんでした。
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