成長が止まるとき
至る所で見受けられるんですけども
成功体験が捨てられないとき
もしくは成功体験にしがみついているとき
というのはあまり良くない兆候かなと思います。
勉強も
テニスも…
経営だってそうですし
なんだってそうなんだろうなー、と。
テニスを例にすると…
小学生低学年相手だったら
深く高い球を相手に打ち続ける事ができたら、
結構勝てるのではないかと思います。
小学生中学年あたりだったら
左右に振れたり、当てて返すだけでも必ずコートに返して行けば勝てる感じはします。とりあえず返し続ける。もしくはバック狙う。
高学年になると体格差もでてきて、
強い球を打てる、速い球を打てると有利な気がします。
しかし
強い相手になるとそれだけでは勝てません。
自分の勝ち方が、一発ドカーンと打って相手にミスらせるというパターンしかないと、とたんに勝てなくなるのです。
こう打ったら勝てていたのに、どんどん勝てなくなっていく…勝ってた相手にも負けていく…
とか、いろいろいろいろ…
何かを変えなきゃ行けないけど、
そのために負け試合もすることになる。変えるのが怖い、となると、なかなか成長できません。
長い目で見たら、目の前の試合に負けることなんざ、屁でもないわけですけど、渦中にいると見えないもんで…。
あとは、幼少期から将来を見越した高度な練習をすると、すぐは結果がでません。しかし、だんだん尻上がりになります。
いろんなパターンがありますが、
目の前の結果を欲しがると見えてこない世界がある、ということです。
これが成長が止まるときだと思います。
最近いろんな事がつながって、
一つのことを深めることは時間がかかるけど、その時間こそが成長するために必要なものだったのだと、簡単に目の前の成果に飛びついたりしがみついたりしてはいけないな、と思ったのでございます…
受験勉強も同じことありますね…
水飲みます
負けた
ここ2、3日、髪型を超マイナーチェンジいたしまして。
はっきり言って、誰も気づかない程だったので主人に
「実は…ここ、2、3日、髪型変えてるんだけど、
もし、正解したら、マッサージ30分してあげるけど、
もし…」
と言うや否や
「分け目が右になってる」
と!!!!
せ、せいかーーーい…
もし不正解ならマッサージ30分してね、と言おうと思ってたのに!!!!!
言う間もなく!!
さすがですな!!!
その場にいた
息子は全然わからんかった、といい、
娘はなんか変わったと思った!といい、
ううん
いいの。
いいんだよ…
甘かった…
30分マッサージ…
結局マッサージは10分程度で終了しましたけど![]()
次はもっと難問にしよう!
育児書とええこと書いてる書物たちと
振り返りその2です。
一人目の受験が終わったからいろいろ冷静に考えられますが、
渦中にいるときは必死でした。
なんせ、公文もしてないし、塾にはふわっと行ってただけで、
最終学年の追い込みをかけるという年に
塾と本人と話し合って、
あの学校を受験するために頑張るか、となったわけなので、
必死こいてしないといけない。
でもよく見て!もうみんな必死こいてやってるんだよ!
どうする!差は縮まらないのどうなの!?
と。それはさておき。
受験のために小学生の低学年、もっとは幼児期から
受験のために??将来のために??
先取りしてガンガン勉強させて苦手克服してーーー
親が勉強をチェックしてまとめて、
読んでほしい本をさらっと置いてみたり、読んでみたり
情報収集に精出して、いいと言われるものは全部与えて。。
それが、いいとか悪いとか言うのも、その人(その人の子供)にとってどうか、
という話であって。
いろんな人、いろんなこと言う。
そりゃ、100万の子供がいたら、100万通りの育て方があるんだもの。
事象だけをみて、これはどうか、なんて他人ごときが判断できません。
でも、人がやってるのを見てそれがいいんだ!と思って、やらせてる状態になるのは違うと思う。
(まあ、全然違うけど、昔話とかで、良い爺さんの真似をした意地悪爺さんの結末は
誰もが想像できるところではあるが、少し似ていると思う。。。)
見るのは自分の子。自分の子にとってはどうなのか、という部分。
それがわからないけど、親から見て合ってると思うならいいんじゃない。
子供も、すくすく心身ともに健やかに育っていくでしょう。
違うな、と思ったら、あ、うちの子は違うわ、と割り切ったらいいだけで。
人と違うことは当然なんだけど
それが受け入れられず、周りを見て負けちゃいけないと、競い合っちゃうと、、、
しわよせは子供にきちゃうわけで。。。
まだ前置きですが。
子育てに熱心な方は、きっと育児書も熱心に読み込まれてたのではないかと思う。
違うかったらごめんなさい。
子供が育児書通りだったか???
育児書に学ぶことはあったかもしれないけど、
最終的に、これはいらんわ!って部分もあったのでは??
みんな、成長度合い違いすぎるし、できることとできないことあるやん。
無駄に競い合うということは
「くっそー。●●ちゃん、8ヶ月と20日で歩いたらしいのよ!!
うちの子だってすぐ歩けるようになるわ!
よし、8ヶ月ちょうどで歩かせてやる!」
って言ってるようなもんで。
笑えません?
(まじな話、ちょっと自分とこのお子さんが歩くの早かったからといって、
まだ歩けない同い年の子をディスってるお母様がいらっしゃいました。
お笑いを目指されてるのか、と本気で聞きましたけど。。。違った!!)
育児書や教育本などは非常によくできているのかもしれません。
何を根拠に??どの視点から??この立体的で複雑なことが
本1冊でどうにかなるとか思えない。参考にはなると思うけども。。
バイブルは人からもらったのはではなく、
子供それぞれに親が持ってるんじゃないかな?なんて思う。
育児書を捨てたように(捨ててませんか?へへ)
もし、人ものにしがみついているのであれば、さらに競争までしているのであれば
自分の子供のバイブルを自分で作成する方がぴったりくるんじゃないかと思います。
作成は難しいけども!!!!!!!!
ええこと書いててもカリスマまで祭り上げると、
マスコミに踊らされてる感満載です。
マスコミは世間を動かしてると思ってるでしょうからねぇ。知らんけど。
あと、塾は不安を煽る産業らしいので、そこも注意ですけど、
占いにハマっていく人は藁をも掴む思いで心をよせるのでしょうから、
ちょっと似てやいませんか。。
やはり、自分の目で、子供主体でというのが大事だな、と思う今日この頃です。
なにもかも、うまくはいかないけど、
子供に対してもっとああしたらいいのに、こうしたらいいのに、なんてこと、
あげようと思ったら無数に出てきます。いや、無限大!!!
これは、私の欲なので、頑張って自分と戦って、
「こんなもん、こんなもん」という呪文を唱えています。
今も!!!!!!!!!
果てしないなあ。。
自分の欲望は。
話がそれましたが、
そんな感じです。

















