シータヒーリングでも自分の、もしくはクライアントさんのご先祖と話すことができますが、今日は、キネシオロジーのセミナーで私が自分の先祖と話すということを、宮崎先生の誘導でさせていただいた時のことを書いてみたいと思います。


筋反射ストレスリダクションでの考え方では、人間のDNAの中には、先祖が強く感じたいろんな感情、想念も組み込まれています。それで、自分が現在直面している問題の始まりは自分の人生の中でいつなのか、を筋反射で調べていった時に、先祖、という反応が出るときがあります。


その時は、自分の両親を第1世代前とし、第7世代前までさかのぼって調べていきます。
ほとんどは第7世代前までの先祖の中に、今の自分をサポートし、影響を与えてくれている方がいます。


その時の体験でのテーマは、「自分が今進もうとしていることに関わってくれている先祖と話す」というものでした。私の場合は、「第5世代前の父方の20代の女性」と反応が出ました。大体江戸中期から末期くらいに生存していた先祖、ということになります。私の家には家系図がありませんから、全く心当たりも何もありませんでした。


先生が、「ではその方をイメージして下さい」とおっしゃった時、そんなことできるのかな~と半信半疑でした。シータヒーリングでは創造主につながり、創造主を通して先祖と話すので、自分が目を閉じているだけで本当に会えるのかなと思っていたんですね。


でも、目を閉じたとたんに、ぼわぼわぼわ~~っと見えてきたんですえっ


その女性は、江戸時代末期か明治初期の町娘みたいな感じでした。頭をきれいに結って、紺色系の着物に赤い帯。お化粧もきちんとして、超美人!


思わず、こんなきれいな人が私の先祖だなんてうれしい~♪って思っちゃいました音譜

彼女は本を両手に抱えて忙しそうに、縁側を走って行っています。入っていったところにはたくさんの子供たちが座っていて、何人か大人も交じっていました。ちょうど寺子屋みたいな感じでみんなが勉強している様子です。


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先週、ヒューマニクス・カウンセリング協会の、キネシテック ストレス リダクション基礎講座を修了しましたビックリマーク


神戸元町にあるおしゃれな高級マンションのミーティングルームで、約10人くらいの方たちと、実習とおしゃべりメインの楽しいセミナーを受けさせていただきました♪


教えて下さったのは、宮崎英二先生。大学教授のような知的な雰囲気を持つ、それでいておしゃれで気さくな方です。


キネシオロジーのことはほとんど知らないまま、友人のシータヒーラーさんに誘われて参加しました。シータヒーリングのセッションの時に使う、Oリングテストがもっとスムーズにできればいいな、くらいの軽い気持ちで参加したのですが、とんでもない!とっても奥のふか~い本当にすばらしいテクニックですラブラブ


キネシオロジーを学んでいくと、人間の意識がいかに宇宙と深くつながっているか、ということがわかります。自分が悩んでいることの答え、ぶつかっている問題の解決方法が、実は自分の中にあるんだと気づかせてくれます。


シータヒーリングでは、第7層の創造主のもとへ自分自身から抜け出して宇宙に飛び出し、そのはるか先にある入り口から創造の源へとたどり着く、そして創造主と繋がって自分のあらゆることについての答えを受け取る、というプロセスでヒーリングしていきます。


しかし、一方では人間はみんな、創造の源、あるいは神と認識される存在を自分の内側に持っているのです。つまり、創造主のもとへ旅をしていることは同時に、自分の内側にも旅をしていることになり、創造主から受け取ったメッセージというのは自分の内側から受け取ったもの、ということになります。


すべての答えは自分の中にある


シータヒーリングとキネシ>オロジーに共通しているこの大切なことを再確認し、実感できたことが一番の収穫でした。
幸せとは、毎日の小さな幸せを感じることができること、そしてそれを積み重ねていくことによって、小さな幸せが大きな幸せになっていくんだと思っています音譜


それをはっきりと教えてくれたのは、3年前に亡くなった父です。


父は57歳のときにC型肝炎と診断され、体の不調のため定年まで仕事を続けられませんでした。それから亡くなるまでの15年間に、C型肝炎から肝硬変になり、最期は肝硬変で亡くなりました。


シータヒーリングで、亡くなった父と話せるようになり、父の本当の気持ちをたくさん聞くことができるようになりました。


ある時父に、「生きているとき、どんなことが一番幸せだった?」と尋ねたことがあります。


父は私が小学生くらいのころは結構、会社もうまくいっており、毎晩にぎやかに飲んできては楽しそうにしていました。父の人生の中で、一番物事がうまく運んでいる時だったと思います。


それで私はてっきり、父が一番幸せで楽しい想いでが残っているのはその時だろうな、とずっと思っていました。


でも父の答えは意外なものでした。


「病気になってからが一番楽しかった」


「え?なんで?」と私が驚くと父は


「病気になって、ずっと家にいて、おかあちゃん(母のこと)とよく喧嘩もしたけど、あんなのは仕事のストレスと比べたら何でもない。それより、お前たちが、結婚してから料理を作って持ってきてくれたり、子供を連れて遊びにきてくれたり、誕生日とか父の日にプレゼントをくれたり、なんかそういう小さなうれしいことがたくさんあるっていうことが幸せやった。元気でいたらずっと会社に行ってたし、そんな幸せは感じられへんかったやろ。」とにこにこして言いました。


私はその時に、父にとって、肝臓がんという病気は必要だったんだ、と初めて気付きました。人生の最期の段階で、本当の幸せを知ることのできた父。あれもしてあげたかった、これもしてあげたかった、と後悔ばかりでしたが、父のこの言葉を聞いて、私も、そして私と同じ気持ちで苦しんでいた母も、とても気持ちが楽になりました。


父のこの言葉を聞いて以来、私も、身の回りで起こる小さなことに幸せを見つけるように意識しています。


子供たちが今日も事故もなく元気に帰ってきてくれたこと、主人が電話の向こうで楽しそうに笑っていること、家があること、ご飯が食べられること、呼吸ができること、歩けること・・・落ち込んだりしてネガティブな気持ちが強くなっているときはなかなか実感することが難しいですが、そういうときこそ、意。識してこの小さいけれど大きな幸せを感じようとすることで、前に進むエネルギーが湧いてくるのです。


亡くなってからも、大切なことを私に教えてくれた父に本当に感謝しています。