あ、この感じ、妙に前に感じたことのある感覚に似ている。

 彼氏に急に別れを告げられ、一人でめそめそ、風呂場で泣いているときのこと。突然目の前に、今より少しだけ過去の記憶がよみがえった。

 

 

 彼と買った食材をしまうために、冷蔵庫を開ける私。

 すると扉の開く衝撃で、中に入っていた食材が1つ、重力に逆らえず、ゆっくり落ちていく。扉を手前に開いている私の腕はどう頑張っても扉がひっかかってかが見込めない。拾いたい。

 ねえ、お願い、取って――。

 直接目には見えないけれど、扉の向こうでゆっくりと物が落ちていくのを感じながら、私はそう願っていた。

 

 …とさっ

 

 落ちてしまった。…悠然と、彼はそれをゆっくり拾い上げ、私に差し出す。

「ありがとう」

 

 

 このときだ。そう。このときのように、ゆっくりと確実に落ちていく私を、彼は何も言わずにただ眺めて、落ちきるまで待っていたんだ。

落ちきった後に、拾われた私に、命を吹き込むことはできない。もう手遅れなんだから。

 

 「色々考えた結果、別れたいです。」

 落ちきった私に向かって彼はそう言った。だって、落ちきるのをただ見ていたのはあなたでしょう。落ちる前にサッと、手を差し出して拾う努力を、救う努力を、できたかもしれないのに。行く末をそのまま眺めて、だめになるのを待っていたんだから、そりゃあ、こうなるのも、逆らえない事態だ。

 

 

 (そうなる前に、拾おうとしてくれたらいいのに)

 どちらが悪くもなく、そうなってしまった事実は受け止めなければならないけれど。

 心の中でつぶやいた私は、今より少しだけ過去の私と重なって。やり場のない悲しみに、シャワーが優しくあたりつづける。