ここ数日、「信じるものは救われる」って言葉が数回、
脳裏に浮かんでた。
うーん、これあんまり好きじゃない言葉だ~。
キリスト教の「キリスト様を信ずれば皆救われる」っていうイメージが強くって…。
なんなんだろう![]()
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そう思ったら答えが降ってきたよ![]()
『信じるのは自分自身』
自分を信じて、行動していく。
うん、そうだね。神様を信じてるだけで、何も行動に移さなかったら、
それは確かに違うよなぁ
たぶん聖書の中の本来の意味もこっちじゃない?(自分的には!!)
ただキリスト様を信ずるっていうんじゃなくてサ。
キリスト様の在り方とかそっち。(そもそも自分の勝手なイメージで勘違いしていたらスミマセン🙏)
自分の中に、神様とおんなじ精神性?(真我っていわれているやつかな?)は、きちんと備わっていて(優しさや真心、愛とか…あれこれ)、そこの部分を信じて、今目の前にある事象に相対する。
行動で示すっていう感じ?かな。
でもなぁ、自分、そんなに出来てない…。
そんな出来た人間じゃないよ…。
そう思ったらね、すぐさま、
『それでもいいんだよ、気づいて改めていく。そこが大切で、それこそが美しさなんだ』
…だそうな



ふーん、そうなんや~。
それならなんとかなりそう!?希望が見えてきた

『自分の可能性も信じて』
と最後のメッセージ
愛あるメッセージありがとうございますっ


