訪問リハビリと訪問看護とでつないだ1週間が過ぎました。

 

おばあちゃん「来てもそう大したことはしない。

あれなら来てもらわなくてもいいんだけど。お金も払わなきゃ

いけないんでしょ?」(金銭が絡むとしつこい)

 

はい、出た~ショボーン  

痛みもあまりなく、手足が自由に動くのに(本人談)

ちまちまと足の運動したり、歩行させられたりするのが

もどかしい様子。

 

確かに安静度はだいぶ緩められ、

部屋の中は松葉杖使って歩いてもいいし

台所まで行くのもOKが出たようです。

 

んが!

 

それもまた「ゆっくりと」「なるべく動き回らない」などの

注意書きつきですからね。

 

そこをショートカットして都合良く理解するのが義母。

 

あれ絶対誰も見てないところでは何かやってる。(断言)

 

手術してそろそろ1ヶ月。

驚異の回復ぶりとでもいうのでしょうか・・・

確かに『完治』したと錯覚してもいいくらいの自覚症状です。

 

けれども、食事の時にとる座位は10分くらいで

「なんかきついからもう横になる」ってギブするくらいですし

筋肉は見るからに落ちているので

動き自体は老人そのもの。

夏の初めの様子とはだいぶ違います。3ヶ月でこうも変わるのかなと。

 

このまま低空飛行で行くのかな・・・

この先はどうしたものか。

 

で、ずっと危惧していたことなんですけど

私の腰がやられましたショボーン

鈍い痛みが続いてるくらいなので大したことないのですが

中腰はいけませんな。

 

ポータブルトイレの交換や観葉植物の水やり(大小30くらい)

段差の多い義母宅を歩き回る

食事の仕度や身の回りの世話

 

私の腰が弱いからなのかもしれないですが

・・・義母がいつ腰を再度やられてもいい環境は

整いすぎてるんですけど・・・

 

今日は夫が夜中まで仕事なので

義母が就寝するまで私が付き合う予定です。

 

平穏に終わりますように。行ってきます。

(ライブ配信見たかったなあ)

 

リハビリ目的での転院を

転院先で盛大にごねて

強行突破で自宅に戻ったうちの義母(81歳要介護)

 

戻ったその日に介護認定おりまして

ケアマネさんも無事に決まり

 

さあ!居宅で介護!

 

・・・なんてそう簡単に事は進みませんよね。

 

ケアマネさんと契約もしなきゃだし、

計画立ててもらってそれからの介護保険だし、

 

本当はそれ全部

リハビリで入院してくれてるであろう期間に

すすめていく予定だったんですけど

そうはいかなくなりまして。

 

だからといって義母を放置しておくわけにもいかず。

 

現在医療保険の範囲での訪問看護とリハビリを受けております。

介護保険でサービスが利用できるようになるまでの苦肉の策。

 

相変わらず短期記憶が抜けまくりなので

背中が痛まなければ

普段通り動こうとしております。

もう気が遠くなるくらい安静や病状の説明しても

ものの数分で忘れてますからね。

 

そしてあんまりあれダメこれダメって言い方すると

そこだけ切り取って不機嫌になるので

できるだけ柔らかな表現で話すんですけど

 

そうすると「じゃあそれはしていいの?」ってな解釈に

なってますからこれまた困りもの。

 

来週まではとりあえず

平日は看護師さんもしくは理学療法士さんの訪問。

その先は病状次第ではありますが

デイケアとかヘルパーさんとかの力を借りて

本人の希望する在宅での生活を実現していくことに

なるかと思います。

 

・・・絶対、どっかで何かあると確信してるけど!

 

「毎日人が来るのは疲れるわ~」と

すでに雲行き怪しい言動かましてくれてますが

聞き流してます(笑)

 

常套句なのか口癖なのか

「いつ死ぬかわからないから」「いつ死んでもいい」と

ことあるごとに言うので、

「そりゃみんないつ死ぬかわからんし。」

「別に引きとめはせんけど」と数回に1回本音を入れてますw

 

まあそれとなく同居もすすめてますが

現在の理由は

『私が世話になったら、夫婦喧嘩の種が増えるでしょう?』って!

 

・・・しねえよ!(すみません、心の叫びは口が悪くなりがち)

何なら夫婦げんかの種が成長するより、

庭の雑草の成長の方が数倍早くて厄介だよ!

 

訪問看護では身体を拭いてもらったり、髪を洗ってもらったり

見守りをしっかりしていただいてるわけですが

 

「リハビリって髪を洗うだけなの?」とかね、

看護師さんと理学療法士さんが混同してるし、

かろうじて数時間前のことは記憶にあっても

前日してもらったことは全然憶えてない。

 

おそらく誰もいない時間帯は勝手にしてると思うけど

もうそこはいたしかたない。

時折「背中がピリッとする」って自覚が

かろうじて本人をベッド上にいさせる理由かも。

 

介護は長距離走ってイメージがあって

まだ序盤なのかもしれないけれど

私ペース配分ってのが全然わからない人なので

最初からとばしちゃうんですよね。

 

ちょっと息切れ。

 

 

『81になるまでひとりぼっちにされた』

 

これが口癖の義母ですが、

我が家を建てた11年ほど前、

実は同居をしないかと声をかけたことがあります。

 

その時断ったのは誰でもない、義母本人です。

 

「同じ屋根の下に主婦が2人いるのはもめる元だから」

「でも病気になって弱って来たらその時はお願いするね」

 

敷地内同居をみすえて、2区画分の土地を買っていました。

でも義母が拒否ったので、現在草取りだけが大変です(泣)

 

次男が亡くなってからも義母は

自分の姉や妹の近く、住み慣れた土地に住むことを希望し、

独居にはなったものの

運転もするし、友達とのお出かけや姉との旅行など

結構好き勝手に暮らしておりました。

 

車で20分ほどの距離なので

夫(息子)は毎週様子を見に行ってましたし

ほどよい距離感でやってきたわけですよ。

 

いやまあ

ここにきてそんな記憶はどこへやら。

 

『同居しなかった親不孝者』 ですからね、今は。

 

記憶にないから認めない。

あれこれ事実をつきつけると

「年寄りの言うことを真に受けて!」ですからね。

 

今回だって同居を何度も声かけたんですよ。

(できればうまいこと回避したかったけど)

 

そしたら「今さらそんなこといって、財産が欲しいんだろう」ですから。

 

・・・そんな財閥でもあるまいし、

ご自分の生活費で全部使ってくだされば本望ですよ・・・

 

義母は台湾から家族とともに引き上げてきて

とても貧しい生活を強いられたといいます。(本人談)

7人兄弟の真ん中で我慢することも多く、

お金への執着がとても強いようです。(見てたらわかる)

 

だからお金がすべて。他人に使われることを極端に嫌がります。

(いや、私ら使ったことないですけどね)

 

残念ながらそれが認知症となった現在

「息子がお金を抜いて行った」というもの盗られ妄想を

引き起こすことになってしまいました。

 

で、同居の話に戻りますが。

 

3年半くらい前、義母の姉が脳梗塞で倒れ、

それまでいつも一緒にいたのができなくなって

ぽっかり心に穴が開いたこと、

認知症が出始めていたのか、友達がどんどん減って

関わる人が限られてきたこと

 

それが義母の「ひとりぼっち」意識を加速させたような気がします。

 

どうやら義母は本音を言えばやはり淋しかったようで

でもなぜかそれを私らには言い出せなかった。

 

それが今こうやって息子への恨みつらみとなって

火を噴いてるのかもしれません。

だからある程度は黙って聞いてるそうです。

 

やっぱり思ってることは言わなきゃわかんないよね。

それともそこを察するのも私達子どもの役目だったのでしょうかね。

 

そりゃ介護となれば話も変わります。

面倒を看ることくらい覚悟もしてました。

 

・・・暴言や罵倒がなけりゃね・・・・  

せめて、も少し穏やかに下って行ってくれてれば・・・(遠い目)

 

まあ夫とは

「もうあれは死ぬまで言い続けるね。

どんなに自分達が尽くしても、結局「ひとりぼっち」「親不孝」は

ぬぐえないだろうからさ。

淋しくさせた償いみたいな気持ちは捨てよう。」 と意見一致しました。

 

幸い、夫婦の足並みは見事にそろっております。

救いはそれだけかな。