よく
本心に従って生きる
自分の本当の望みは何か
自分が幸せになれる選択を
自分の気持ちに素直に
というような言葉を耳にしますし
私自身もクライアント様によっては
そういったお声がけをさせていただいているのですが
じゃあ私がこれを遂行出来ているのか
と問われたら出来ておりません🫣
現実世界では難しいとされていること
まだ未開の内容だったりで
自分の目指すことが何でもすんなり叶う
そんな状態ではないからです
今ある現実の中で水面下で起こっていることも
確かにあるでしょうし
ある程度のことは努力すれば
時間はかかれど叶うのかもしれない
でも途中で頓挫してしまいそうなくらい
難しい事案、時間がかかり過ぎる現実があり
もうやめたい…
と何度も思うものです。
何をどれだけやっても考えても
形になるには程遠くて
自分の気持ちだけが強くなり
でもそれが誰かや何かに届くわけでもなく
ただ夢をポーっと見つめて佇むだけ
私には無理だったんだ
出来ないってことだ
私は違うってことなんだ
とついネガティブに傾きやる気を失い
虚無になる
これを繰り返してしまうという方のお声の
割とよくいただきます。
前に金銀の金さんと
行動出来たらどれだけ幸せだろうね
といったお話をした時に彼がふと放った言葉
大人になるとそれが難しくなるんだよね
それは子どもだから出来ることなんだよ
この言葉はとても核心を得ていて
私の中で、大人になるほど難易度が
上がることってあるんだ!
とある意味目からウロコだったんですよね💡
子どもから大人に成長する中で
出来ることが増え、子供の頃は苦手で
諦めていたことが大人になったら
出来るようになったということは多くても
大人になって逆に退化することがあるというのは
当然のことかもしれないけれど
私の中ではハッとさせられました
とはいえ私は子どもの頃から
素直になることが赦されない環境でしたから
子どもの頃から自分の本心は後回しで生きてきた
だからこそずっと
本心、素直な気持ち
が自分では分からなかったんですよね
だから流れるように開かれた道を進み
なんとなく自分の意思だけは捨てずに
ここまでやってきたのですが…
結果的に今
え、私のやりたかった目標遠くね!?
となりアセアセしているのです💫
この力が復活したということは
何か使うべきだったからなのでしょうし
決して遠回りしてきたわけではないのでしょうけれども
なぜこの道からあの道が開かれるのか
全く検討もつかずパニパニ🤯
でも全く無関係かといえば
そういうわけでもなさそうで
やっぱりなんだかんだで
やってきた道に無駄はないようなのですが
本人、つまり自分としては
そこがどうやってそこに繋がるのか
これまでのこの期間は何だっだんだ
と時間が有効活用できているか
不安になるんですよね🫣
そこにかけてきた労力、時間、精神
全てもっと有意義が形があったんじゃないか
といった後悔や
もっとこうしていれば良かったのでは?
という仮説がどんどん広がっていくんです
ただそれはどこまでいっても終わらない思考の沼で
永遠に次に進むことはできない負のループなんですよね
どこかでこのループから抜け出して
一歩踏み出す行動力や、決断する勇気
無鉄砲、向こう見ずでもいいから
とりあえずやってみる言ってみる
これが大切なのだと感じております
それが出来たら苦労はしないのですが
挑戦すること自体は悪くない
むしろ経験の一つですから
失敗しても戻れる環境や保証だけは
作っておいて踏み出してみるのは
結構いいんじゃないかなーって
個人的な見解としてはあります🌷
子どもにとって家庭という安全な場所があり
何かあれば助けてくれる家族がいてくれる
だから怖いことも難しいことも挑戦できる
勇気が育つわけですが
それを実際に経験していなくても
反骨精神から勇気は作れると思います
もちろんそうじゃないから弱いとかではなく
ないものを無いと嘆き立ち止まるよりも
ないなら作ろう、身につけよう
と自分を磨くことに目を向けるイメージが
とても重要なのだと思います💡
私もまだまだ旅の途中🚂
私の目標は本当に叶うかは分からない
ものすごーく程遠いですが
いつの日か今のこの悩みが
懐かしいなー
あの時悩んで良かった
意味のあるもがきタイムだった
と思える自分になれたらと思うので
皆様も今のこの悩みが苦しみが
無駄になるかも…とは思わず
共に進んでいってくださると
嬉しく感じます🙂↕️🌱
