この投稿自体が5年ぶりです。

音楽ライブに行けていた頃が懐かしい。

今日はふと思ったこと、結構何度も思うことを書きます。

結構核心をついたことを書いているのでひねくれた意見が苦手だという方はこちらの記事は閉じてください。ご理解いただける方だけお読みください。 












やっぱり物事って何にも基準があると思います。
例えば、バカと誰かに言われた場合。
その基準って言った相手は自分より言われた私のほうがバカだと思っているのだと理解しています。

実際に言われたらそう思うし、その言葉って結局は言った相手に巡り巡って帰ってくるからあんまり人のことを見下さないほうがいいよという悟り。

別に私は相手より賢くなりたいと思わないし、自己肯定感底辺だからそれで?と言いたくなる。

まぁ、要するにバカにはいろいろある。
①そんなことも知らないのか、世間知らずだな
②何やってるの、もう迷惑かけないで
③嘘つかないで、頭が悪いよ
④(仲良い同士で)笑わせないでよ笑
⑤常識ハズレのことを楽しそうにやってる人を見ての親しみ

とまぁもっと考えればたくさん出てくる

だから、強いて言えばバカではなく言葉を変えて常識ハズレとか世間知らずのほうがぴんとくる

ちなみにこれは自論だが、人をバカにすることは案外小学生でもできる
相手を理解することのほうが50倍くらい難しい
そして、認めることは100倍難しい
さらに褒めることはバカにすることの200倍は難しい
もはや神様レベルで、器が大きくなきゃできない

したがって、誰かにバカにされたらこの人は小学生から時が止まってるんだなとおもうと案外楽だと思う

次に基準のことを書く

この自分の基準よりもできない人を人はバカにしやすい

私なんてのほほんと育ってきたから結構周りの基準の0.5くらいの低い位置で幸せそうに暮らしている

誰かの基準にそぐわなくったって自分で幸せに生きれば良いと思ってる

ましてや、明日にはもしかしたらコロナにかかるかもしれないこの世の中で基準がどうだ、ルールがどうだは窮屈だ

※あくまで個人の意見で誰かに強要したいわけではないです、変わった価値観だなと興味本位で読んでいただけたらとおもいます。

誰かに認めてもらいたかったあの日

 

悔しくても喉まで出かかった言葉を飲み込んだあの日

 

意地っ張りで泣きたくても泣けなくて情けなくなったあの日

 

目の前の人に頼れずに空を見上げ悩んだあの日

 

どんな日でも私の隣に音楽はありました

 

どの日にも私を慰めてくれる音楽が私にはありました

 

そんな思い出が今の自分の糧になっています

 

1人1人のアーティストの曲には

そのアーティストが込めた思いの上に

自分のつらかった思い出や楽しかった思い出が上乗せされています

 

そのアーティストにとっては思いを込めた曲で

私にとっては過去を振り返るとともに

未来の自分を後押ししてくれる曲たちです

 

この思い出がすべて宝石になったと

肯定して生きれるその日まで

 

私は根を張って、歯を食いしばって生きます