極論、料理は、素材と道具次第と、最近は、思う。

他にも、味付けや手際もあるけれど、優秀なレシピも溢れているし、毎日料理をする人は、百戦錬磨で手際が良い。


例えば、道具として、フライパンについて考えると、フライパンの素材や質が良ければ、余熱でも手早く料理ができるし、粗雑に扱ったはずなのに、とても、良い状態で、何十年と使える。

つまり、余計な労力を払わずに素材の良さを引き出し続けられる。

現実的に、要は、素材次第、道具次第となる。


人間の子育てでも、似てるなーって思います。

子どもが動き出すのを待とうとか、子どもの自発性を伸ばそう!とか、あるけれど、結局、その子ども自身の持つ才能なりに依る。

だから、余計な手出し、口出しをせずに見守ってさえいれば自発性が出てくるかは、全ての人には、当てはまらない。


その行為の利点は、子どもを心底信頼する事により、何より子どもを勇気づけると思う。ただ、更に大事なことは、フライパンをバージョンアップさせるかのように、人としての器を育てて行くことが大事に思える。


それは、もしかすると、理想の見守り姿勢では、ないかもしれないが、必要な関わりだと思う。

今、目の前の子どもにとって、器が育つ為に必要だと感じることは、何か?という事だろう。

世間の教育の流行りにながされては、いけないとつくづく感じる。