またまたお久しぶりの更新です。
里帰り先から自宅に戻り、
やっと生活リズムがわかってきたかな?という感じです*
毎日毎日、息子の可愛さに癒されています

生まれてすぐの息子。
出産は壮絶でしたけど、本当にあの辛さは忘れてしまいました。
でも記録に残しておきたいので、当日のツイッターから
出産レポをコピペします
-----------------------------------------------------------
9月5日と12日の健診でおしるしと子宮口1cmの確認。
12日の内診で刺激されたのか、
その日から以前よりも強い前駆陣痛が始まる。
同時に足の付け根等痛くなり歩行困難気味に。
14日*何もやる気が起こらず。1日をほぼ寝て過ごす。
15日*午前3時20分より10分間隔の痛み。
朝8時半、痛みが遠退く。お昼寝。
午後12時半頃に起きると再度10分間隔の痛み。
8~10分間隔をキープ。
14時35分一応病院へ電話連絡。
お風呂にゆっくり入って身体を温めるよう指示される。
湯船に40分程つかる。お湯からあがると下腹部に痛み。
引き続き10分間隔で痛む。
午後17時半、痛みが遠退かないので本陣痛につながるということで病院へ。
内診の結果子宮口は2~3cm。
おしるしも12日より良い状態。
まだまだ私が耐えれる痛みなので一旦帰宅することになる。
本陣痛だと痛むと動けなくなるくらいだとか。
徒歩1分の病院からの帰り道だけで3回動けなくなる
。帰宅後痛みは5分間隔。1時間程様子をみるが、
痛むと動けなくなる痛みが続く。
痛くないうちにおでんとご飯をかきこむ。
トイレに行っても何も出ず、痛みが増す。
再び病院に連絡し、午後8時37分入院*
入院は夫くんについてきて貰った。
動けなくなったときは、
ひたすら夫くんの腕やお腹にしがみついて我慢。
すでに話すのも動くのも嫌レベル。
よくそんなに我慢したな自分…と今になって思う。
再度内診の結果、夕方のグリグリにより子宮口3~4cm開大。
体重測って、LDRに移動。
この時、全員が日を跨いでのお産になると思ってました。
初産だし、まだまだ陣痛こんなもんじゃないだろーって私は思ってたり。
LDRで着替えて、NSTで様子をみると陣痛は5分間隔。
張りの強さはその時40前後。まだ余裕で呼吸に集中できた。
30分経ったくらいから、徐々に陣痛がきつくなる。
張りの強さは60近く。
数字みて「まだまだ!」と自分を奮い立たせる。
この頃から夫くんの手ではもの足りず、ベッドの柵が陣痛のおともに。
そして助産師さん登場。研修中の学生さんにずっと腰をさすられる。
この時の陣痛間隔は3~4分。
助産師さんに自分で聞いた。
ここで、よく考えたら夜中3時半から起きてて
、朝に3時間寝ただけの自分に気づく。
まだまだこれからだから寝たい…と、本気で思って、
陣痛がきてない間は脱力することに努める。
多分陣痛の合間に寝ることには成功してた気がする。
21時半を過ぎたくらいから、間隔がいっきに狭くなる。
痛みもかなり強くなり、必死で呼吸→脱力の繰り返し。
これがあと数時間続くなら誰でもお腹切るわ…とぼんやり思う。
陣痛の合間に寝る!と意気込み、
ぽやーっとしかけた時に波がくるので悔しくて
「寝たい!」と助産師さんたちに訴えたのを覚えてる。
痛くなった時に子宮口チェックを何回かされる。
ちっとも気にならない。
確か22時くらいからいっきにお産が進む。
痛みが半端ない。声だしながら息をはく。
ここで胎児が少し弱ってるとかで、
夫くんとお母さんがカーテンの向こうへ。
まわりが急にバタバタし始める。
横向きだった私は仰向けにされて、陣痛がきたタイミングで
血圧測られたり点滴されたり。
「力いれないで!」とか言われて「アホかー!」と心のなかで叫ぶ。
胎児が弱ってるとか私はまったく知らなくて
、陣痛の波にあわせて、ごっちゃんが旋回したのを感じる。
あれ、もしかしてもうすぐ産まれるの?
早くない?まだ22時じゃん!でも
これ以上痛いのごめんだっ!頑張ろう!負けない!と
ひたすら前向き思考。
ちなみに覚えてるNSTの最高数値は+103。
あれは何時だったんだろ。
22時15分頃助産師さんが
「子宮口6cm…あ、破水!…全開!!」と叫ぶ。
ドバドバ流れ落ちた。
途端にその場にどわっと病院関係者6人程。
ベッドがいっきに分娩台に。痛さに耐えて身体移動。
ベッドを組み替えてるときに
陣痛の痛みがコロッといきみたい感覚に切り替わる。
お母さんが自分でわかるからって言ってたのが頭をよぎる。
「もう出したいー!!」て訴えた。
我慢!と言われて足を乗せて分娩スタイルに。
呼吸が乱れてるのは自分でもわかってた。必死で修正。
分娩スタイルになったら即いきみ開始。
そこからすごく冷静にまわりを観察してる自分がいた。
まず先生がひとり。偶然にも健診してくれてた先生。
あと3~4人助産師さん。そして何故か、スーツ姿の男性。
心の中で「あんた誰ーーー?!父親?!」と叫ぶも、
んなこたどうでもいい。
スーツの男性はその格好のままで
手袋をはめて分娩に参加。先生なんだ、と納得。
その間にいきむこと4回くらい。
助産師さんが今赤ちゃん頭これくらいよ!もう少し!と、
手でOKマークを作った。
それ見て、心の中で「まだまだやんけーー!!」と悔しくなって、
いきみに気合いがはいる。
それから3回くらいいきむ。
吸引!とまわりから聞こえる。
うち1回女の先生が私のお腹を上から押す。
足りないってことで残りは男の先生がお腹を押してた。
ピッと会陰が裂けるのがわかった。
助産師さんが「指はいった!」と叫ぶ。
渾身のいきみを更に2回。助産師さんの手、絶対入ってた。
最後2回のいきみは吸引してた。
あれ、機械も丸ごと入ってんのか?と冷静に考えたりもした。
もう出てくるよ!見てて!と言われて見てたら、
ごっちゃんが見えた。か弱いけど、ちゃんと泣いてくれた。
すぐに真横で処置。カーテン越しに夫くんとお母さんが見えた。
立ち会いできなかった。
どうやら胎児心拍がかなり下がってるから、
仮死状態で産まれる可能性があり、
産後すぐ処置しないと危険と判断されてたみたい。
原因は首に二重に巻き付いたへその緒。
陣痛の度に首を締め付けてたらしい。
助産師さんの指はいった!は多分首とへその緒の間?
陣痛が異様なまでのスピードで進んだのは
赤ちゃんが苦しかったから。
何もなくて本当によかったと今更ながら思います。
立ち会いはできなかったけど、
処置してすぐに抱っこやカンガルーケアできてよかった。
産後は身体がずっと力はいってたせいか、
がくがく震えてた。あと寒かった。
私は陣痛よりその後の処置に対して 痛いの嫌…と文句をたれてた。
そんな出産でした。
-----------------------------------------------------------
以上、ツイッターからのコピペでした
自分で読み返すと、鮮明にそのときのことを思い出します。
今、息子が私のそばですやすや寝ているのが夢みたいです。
いろいろと痛いし辛いし悩むし
大変だけれども、幸せな毎日です*
もうすぐ生後2か月。
うまれてきてくれて、ありがとう
里帰り先から自宅に戻り、
やっと生活リズムがわかってきたかな?という感じです*
毎日毎日、息子の可愛さに癒されています


生まれてすぐの息子。
出産は壮絶でしたけど、本当にあの辛さは忘れてしまいました。
でも記録に残しておきたいので、当日のツイッターから
出産レポをコピペします

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9月5日と12日の健診でおしるしと子宮口1cmの確認。
12日の内診で刺激されたのか、
その日から以前よりも強い前駆陣痛が始まる。
同時に足の付け根等痛くなり歩行困難気味に。
14日*何もやる気が起こらず。1日をほぼ寝て過ごす。
15日*午前3時20分より10分間隔の痛み。
朝8時半、痛みが遠退く。お昼寝。
午後12時半頃に起きると再度10分間隔の痛み。
8~10分間隔をキープ。
14時35分一応病院へ電話連絡。
お風呂にゆっくり入って身体を温めるよう指示される。
湯船に40分程つかる。お湯からあがると下腹部に痛み。
引き続き10分間隔で痛む。
午後17時半、痛みが遠退かないので本陣痛につながるということで病院へ。
内診の結果子宮口は2~3cm。
おしるしも12日より良い状態。
まだまだ私が耐えれる痛みなので一旦帰宅することになる。
本陣痛だと痛むと動けなくなるくらいだとか。
徒歩1分の病院からの帰り道だけで3回動けなくなる
。帰宅後痛みは5分間隔。1時間程様子をみるが、
痛むと動けなくなる痛みが続く。
痛くないうちにおでんとご飯をかきこむ。
トイレに行っても何も出ず、痛みが増す。
再び病院に連絡し、午後8時37分入院*
入院は夫くんについてきて貰った。
動けなくなったときは、
ひたすら夫くんの腕やお腹にしがみついて我慢。
すでに話すのも動くのも嫌レベル。
よくそんなに我慢したな自分…と今になって思う。
再度内診の結果、夕方のグリグリにより子宮口3~4cm開大。
体重測って、LDRに移動。
この時、全員が日を跨いでのお産になると思ってました。
初産だし、まだまだ陣痛こんなもんじゃないだろーって私は思ってたり。
LDRで着替えて、NSTで様子をみると陣痛は5分間隔。
張りの強さはその時40前後。まだ余裕で呼吸に集中できた。
30分経ったくらいから、徐々に陣痛がきつくなる。
張りの強さは60近く。
数字みて「まだまだ!」と自分を奮い立たせる。
この頃から夫くんの手ではもの足りず、ベッドの柵が陣痛のおともに。
そして助産師さん登場。研修中の学生さんにずっと腰をさすられる。
この時の陣痛間隔は3~4分。
助産師さんに自分で聞いた。
ここで、よく考えたら夜中3時半から起きてて
、朝に3時間寝ただけの自分に気づく。
まだまだこれからだから寝たい…と、本気で思って、
陣痛がきてない間は脱力することに努める。
多分陣痛の合間に寝ることには成功してた気がする。
21時半を過ぎたくらいから、間隔がいっきに狭くなる。
痛みもかなり強くなり、必死で呼吸→脱力の繰り返し。
これがあと数時間続くなら誰でもお腹切るわ…とぼんやり思う。
陣痛の合間に寝る!と意気込み、
ぽやーっとしかけた時に波がくるので悔しくて
「寝たい!」と助産師さんたちに訴えたのを覚えてる。
痛くなった時に子宮口チェックを何回かされる。
ちっとも気にならない。
確か22時くらいからいっきにお産が進む。
痛みが半端ない。声だしながら息をはく。
ここで胎児が少し弱ってるとかで、
夫くんとお母さんがカーテンの向こうへ。
まわりが急にバタバタし始める。
横向きだった私は仰向けにされて、陣痛がきたタイミングで
血圧測られたり点滴されたり。
「力いれないで!」とか言われて「アホかー!」と心のなかで叫ぶ。
胎児が弱ってるとか私はまったく知らなくて
、陣痛の波にあわせて、ごっちゃんが旋回したのを感じる。
あれ、もしかしてもうすぐ産まれるの?
早くない?まだ22時じゃん!でも
これ以上痛いのごめんだっ!頑張ろう!負けない!と
ひたすら前向き思考。
ちなみに覚えてるNSTの最高数値は+103。
あれは何時だったんだろ。
22時15分頃助産師さんが
「子宮口6cm…あ、破水!…全開!!」と叫ぶ。
ドバドバ流れ落ちた。
途端にその場にどわっと病院関係者6人程。
ベッドがいっきに分娩台に。痛さに耐えて身体移動。
ベッドを組み替えてるときに
陣痛の痛みがコロッといきみたい感覚に切り替わる。
お母さんが自分でわかるからって言ってたのが頭をよぎる。
「もう出したいー!!」て訴えた。
我慢!と言われて足を乗せて分娩スタイルに。
呼吸が乱れてるのは自分でもわかってた。必死で修正。
分娩スタイルになったら即いきみ開始。
そこからすごく冷静にまわりを観察してる自分がいた。
まず先生がひとり。偶然にも健診してくれてた先生。
あと3~4人助産師さん。そして何故か、スーツ姿の男性。
心の中で「あんた誰ーーー?!父親?!」と叫ぶも、
んなこたどうでもいい。
スーツの男性はその格好のままで
手袋をはめて分娩に参加。先生なんだ、と納得。
その間にいきむこと4回くらい。
助産師さんが今赤ちゃん頭これくらいよ!もう少し!と、
手でOKマークを作った。
それ見て、心の中で「まだまだやんけーー!!」と悔しくなって、
いきみに気合いがはいる。
それから3回くらいいきむ。
吸引!とまわりから聞こえる。
うち1回女の先生が私のお腹を上から押す。
足りないってことで残りは男の先生がお腹を押してた。
ピッと会陰が裂けるのがわかった。
助産師さんが「指はいった!」と叫ぶ。
渾身のいきみを更に2回。助産師さんの手、絶対入ってた。
最後2回のいきみは吸引してた。
あれ、機械も丸ごと入ってんのか?と冷静に考えたりもした。
もう出てくるよ!見てて!と言われて見てたら、
ごっちゃんが見えた。か弱いけど、ちゃんと泣いてくれた。
すぐに真横で処置。カーテン越しに夫くんとお母さんが見えた。
立ち会いできなかった。
どうやら胎児心拍がかなり下がってるから、
仮死状態で産まれる可能性があり、
産後すぐ処置しないと危険と判断されてたみたい。
原因は首に二重に巻き付いたへその緒。
陣痛の度に首を締め付けてたらしい。
助産師さんの指はいった!は多分首とへその緒の間?
陣痛が異様なまでのスピードで進んだのは
赤ちゃんが苦しかったから。
何もなくて本当によかったと今更ながら思います。
立ち会いはできなかったけど、
処置してすぐに抱っこやカンガルーケアできてよかった。
産後は身体がずっと力はいってたせいか、
がくがく震えてた。あと寒かった。
私は陣痛よりその後の処置に対して 痛いの嫌…と文句をたれてた。
そんな出産でした。
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以上、ツイッターからのコピペでした

自分で読み返すと、鮮明にそのときのことを思い出します。
今、息子が私のそばですやすや寝ているのが夢みたいです。
いろいろと痛いし辛いし悩むし
大変だけれども、幸せな毎日です*
もうすぐ生後2か月。
うまれてきてくれて、ありがとう








