子どもの頃、早く大人になりたかった・・・
それは母親が厳しかったから。
今の時代だと、あれは虐待だなw
母の思う通り、母の思い描いている子どもにならなくてはいけなかった。
少しでも違うことをすると激しく怒られた。
常にあたしは周りから褒められる子どもでいなくてはいけなかった。
母は周りからあたしが褒められるたびに優越感に浸れるからだ。
保育園の帰り、いつものスーパーで買い物。
少しでもワガママ言ったり、母の機嫌が悪かったら、
「いっちゃん、トイレに行こう」
もちろんトイレに行きたいわけではない。
トイレで何が行われるかというと、怒られるのだ。
まるで、「ちょっと顔かしな」ばりの、昔のヤンキーの先輩からの呼び出しのようだった。笑
手を繋ぐときも、手を繋いでるわけではない。
手の甲をつねりながら歩くのだ。
そんな母といつもの通りの保育園の帰り、スーパーで母の機嫌を損ねてしまった。
そしたら母は、まだ4歳になったばかりくらいのあたしをスーパーの駐車場においていったのである。
夜7時。もちろん外は暗い。
幼いあたしは号泣。
どんどん母の乗る軽自動車は遠くなる。
追いかけても追いつくわけない。
携帯なんてない時代。
テレホンカードも持ってない。
お金もない。
母に置いてかれたんだ。
もう母は来ない。
自分の身は自分で守らねば‼️
保育園の友達の家が近くなのを思い出した。
泣いてたら知らない人に声をかけられてしまうかもしれない。
泣くのをやめて歩き出した。
ピンポーン
「どーしたの⁉️」
友達のお母さんが驚く。
冷静に理由を説明。
家にお邪魔になっていると、
母が慌てて訪問。
母は泣きながらでもあたしが駐車場にいると思ったのだ。
幼い頃の記憶なので、ここらへんまでしか記憶にないが、あたしはしっかり者でもあり、ちゃっかり者でもあるのだ。
いや、しっかり者だ。
母はよくあたしに、
「ママの宝物だよ」
と言った。
宝物は肌身離さないものだ。
毒親から育ったあたしも毒親にならないとも言えない。
息子はとても可愛い。
毎日愛おしい。
毒親にならないように。
あたしと同じ想いはしないように。
いつもこの頃のことを思い出すようにしてる。