今回は極左暴力集団(極左)について学んでまいります。極左とは過激派とも呼ばれ、中核派、革マル派、革労協などが有名です。極左は現在でも暴力による共産主義革命を公然と主張しています。
極左とはいったいどこから現れたのでしょうか?
極左は元々は日本共産党の分派です。
1950年代に日本共産党は各地に軍事委員会を作り、各地で武装闘争を繰り広げていました。世論批判の高まりから、日本共産党は武装闘争の停止を宣言しました。一部の日本共産党の党員は武装闘争の継続を主張し、日本共産党を離党しました。彼らは日本共産主義者同盟(ブンド)と呼ばれる極左組織結成しました。
ブンドはマルクス=レーニン主義に加えて、トロツキー主義と呼ばれる世界革命思想を基礎理論としていました。日本共産党などの既成左翼も敵視していました。暴力革命も公然と主張していました。
日本共産党は民主青年同盟(民青)と呼ばれる組織を持っており、その傘下の学生運動団体として全日本学生自治会連合会(全学連)と呼ばれる組織を指導していました。やがて、ブンドは全学連に浸透しました。これによって、日本の学生運動は極左の影響受けるようになりました。