忘れないうちに書き残そうと思います。
8/31(土)
手術の説明、同意書提出あり。
神経由来の腫瘍なら神経を切ってしまうかも。
重い運動障害が出そうなら腫瘍を一部残して神経の方を温存するかも。
硬膜由来の場合は硬膜ごと切り取る。
腫瘍の病理診断について、他。
9/2(月)
手術当日、朝から浣腸、9時から絶飲食。
ダンナとスーチーと妹がくる。
11時、点滴と術衣になり、ウトウトする薬を飲んで呼ばれるのを待つ。
結局4時間遅れの16時10分にストレッチャーで手術室へ。
手術室、機材でいっぱい!
ぼうしを被らされ、体中に何やらつけられながらマスクからのガスを深呼吸。
4回めで記憶がなくなりました。
このあと、クッキングパパに操を捧げたと思われます。
「ゼニィさーん、ゼニィさーん」で気がついて、自分が地面に下ろされた錯覚があった。
「ゼニィさーん、お母さんとダンナさんですよー」で次気がついて、「お疲れさま」という声がした。
視界がぼやけて見えず、「ありがとう」と答えたあと、猛烈な吐き気でまた記憶がなくなった。
その後は何度か目覚めるたび、ものすっごい窮屈で上半身が痛くて、頭痛と吐き気、嘔吐、「お薬追加するから大丈夫ですよ~」眠る、の繰り返し。
何度めかで、あ、ここICUなんだ~とわかってきた。
時計はないけど夜中だなって感じはした。
「お部屋戻る前に体拭きますよ~」と言われるも開眼できず。
「え~?なーんで今ー?」と聞いたら笑い声と「体、消毒薬いっぱいついてるから。大丈夫、後ろはやんないから」と言われた。窮屈で、上半身みんなつらい。
9/3(火)
鼻に酸素チューブ、首と両手に点滴、導尿、腰から術創からの血を抜くためのドレーン、計6本のチューブつきで病室に戻る。
この後まる3日は寝たきり。
2日間は強い痛みとモヤモヤした気持ち悪さにひたすら耐える。
寝過ぎて体のあちこちが痛いって感じと、ナースが寝返りさせてくれる力加減で腰に激痛が走るのが、ほんとに辛かった。
後でわかったけど、点滴にくっついてる痛み止めが麻薬系ので、それで意識朦朧と目の焦点が合わず、家族と会話もできないのも辛かった。
ごはんは頭部を30cmだけ上げて横向きで食べる方式。
食欲がなくて3日間ほとんど食べれなかった。
スーチーさんがホテルに泊まって、昼間は面倒を見てくれました。
ありがとうございました。
8/31(土)
手術の説明、同意書提出あり。
神経由来の腫瘍なら神経を切ってしまうかも。
重い運動障害が出そうなら腫瘍を一部残して神経の方を温存するかも。
硬膜由来の場合は硬膜ごと切り取る。
腫瘍の病理診断について、他。
9/2(月)
手術当日、朝から浣腸、9時から絶飲食。
ダンナとスーチーと妹がくる。
11時、点滴と術衣になり、ウトウトする薬を飲んで呼ばれるのを待つ。
結局4時間遅れの16時10分にストレッチャーで手術室へ。
手術室、機材でいっぱい!
ぼうしを被らされ、体中に何やらつけられながらマスクからのガスを深呼吸。
4回めで記憶がなくなりました。
このあと、クッキングパパに操を捧げたと思われます。
「ゼニィさーん、ゼニィさーん」で気がついて、自分が地面に下ろされた錯覚があった。
「ゼニィさーん、お母さんとダンナさんですよー」で次気がついて、「お疲れさま」という声がした。
視界がぼやけて見えず、「ありがとう」と答えたあと、猛烈な吐き気でまた記憶がなくなった。
その後は何度か目覚めるたび、ものすっごい窮屈で上半身が痛くて、頭痛と吐き気、嘔吐、「お薬追加するから大丈夫ですよ~」眠る、の繰り返し。
何度めかで、あ、ここICUなんだ~とわかってきた。
時計はないけど夜中だなって感じはした。
「お部屋戻る前に体拭きますよ~」と言われるも開眼できず。
「え~?なーんで今ー?」と聞いたら笑い声と「体、消毒薬いっぱいついてるから。大丈夫、後ろはやんないから」と言われた。窮屈で、上半身みんなつらい。
9/3(火)
鼻に酸素チューブ、首と両手に点滴、導尿、腰から術創からの血を抜くためのドレーン、計6本のチューブつきで病室に戻る。
この後まる3日は寝たきり。
2日間は強い痛みとモヤモヤした気持ち悪さにひたすら耐える。
寝過ぎて体のあちこちが痛いって感じと、ナースが寝返りさせてくれる力加減で腰に激痛が走るのが、ほんとに辛かった。
後でわかったけど、点滴にくっついてる痛み止めが麻薬系ので、それで意識朦朧と目の焦点が合わず、家族と会話もできないのも辛かった。
ごはんは頭部を30cmだけ上げて横向きで食べる方式。
食欲がなくて3日間ほとんど食べれなかった。
スーチーさんがホテルに泊まって、昼間は面倒を見てくれました。
ありがとうございました。

